トレーニング十則 ~年齢や経験に関係なく効果が期待できるトレーニングの指針~【CTB】

【初心者のためのヒント】【立ち読み版】【速くなるためのヒント一覧】2014年2月20日 06:40

トレーニング十則

前述したトレーニング理念をよく理解していたただけるよう、10項目の指針からなる「トレーニング十則」を作成しました。この指針を日頃の考えや実際のトレーニングに取り入れることで、トレーニング理念を実践でき、労力に対して大きな見返りが得られるようになるでしょう。効果は、年齢や経験に関係なく期待できます。

 

■一、適度なトレーニングを心がける

持久力、スピード、体力には限界があります。毎回、限界まで練習すべきではありません。通常は、限界の範囲内でトレーニングを終えるようにします。「もう少しできそうだ」と思える程度で止めるのです。予定より早めに練習を切り上げてもかまいません。毎日、疲れ切るまでトレーニングをしないようにします。

筋肉は一定の回数、力強く収縮すると限界に達します。体内に蓄積された糖質エネルギーであるグリコーゲンが不足し始めると、意志の力だけでは体を動かせなくなり、ペースを落とさざるを得なくなります。このような限界を長期にわたって頻繁に経験すると、体の適応能力を超え、回復が大幅に遅れて、トレーニングの一貫性を維持しにくくなります。

多くのアスリートが犯す最大のミスは、「軽めの練習をすべき日にハードな練習をしてしまうこと」です。このため、本当にハードに追い込むべき日に、十分にハードな練習ができなくなります。結果として、トレーニング、体力、パフォーマンスがすべて月並みなものになってしまうのです。体力レベルが高くなるほど、トレーニングのきつい日と軽い日の強弱をつけることが必要になります。

「常に自分を追い込めば、速くなれる」と考えるサイクリストはたくさんいます。「強い意志と根性があれば、自然の法則を乗り越えて、細胞の変化を速められる」と信じているのです。しかし、そのようなことはありません。限界までトレーニングをすることがよい成果をもたらすことはわずかしかありません。体が最適な適応を見せるのは、わずかな負荷が加えられた場合です。このため多くのコーチが「トレーニング量を増やす率を週に 10%までに抑える」というアドバイスをしています。人によっては、10%でも高過ぎる場合もあります。

練習の強度に留意しながら、慎重かつ着実に進歩をしていくことで、次第に能力が高まるだけでなく、日常生活のための時間とエネルギーも確保しやすくなります。トレーニングを楽しんでいるアスリートは、いつもオーバートレーニングぎりぎりの練習をしている人よりも、多くの効果を期待できるのです。

コーチの指導を受けず、セルフコーチングをしているサイクリストは、客観的で冷静な考え方を身につけなければなりません。いわば、「ライダーとしての自分」と「コーチとしての自分」のひとり二役が必要です。管理者になるのはコーチとしての自分です。ライダーとしての自分が「もっと走りたい」といっても、それが妥当なものかどうかを疑うべきです。疑わしいと思えば、練習はそこで終えるようにしましょう。

練習は常に適度かつ潔く行いましょう。上りの反復練習をコーチとしての自分がちょうどいいタイミングで止めようとした時、ライダーとしての自分がもう少し走りたがっていても、練習はそこで終えるべきです。それは、自分に負けることではありません。むしろ、それは勝利なのです。

 

■二、一貫性のあるトレーニングをする

体は反復的な練習によって強化されます。できるだけ毎週、ほぼ同じような内容のトレーニングを行うようにしましょう。規則正しいトレーニングは、よい変化をもたらします。ただし、毎週来る日も来る日もまったく同じ内容の練習をしなければならないわけではありません。変化を取り入れることによっても、成長を促せます。本書の後半で詳しく見ていくように、年間のトレーニングを通してみると、わずかな変化が常に存在していることに気づくでしょう。その中には、ごく小さな変化もあります。たとえば、基礎期~強化期中に1週間の練習時間を 1時間増やしても、その変化ははっきりとはわからないことが多いでしょう。

一貫性が崩れるのは、主として「適度な練習」という原則に従わないことが原因です。1回または 1週間の練習があまりにもハードだと、過度の疲労や病気、燃え尽き、怪我などが生じやすくなります。体力や体調は、絶えず変化しています。練習を頻繁に休めば体力は次第に低下していきますが、だからといって病気の時も練習をすべきではありません。休養は適切なタイミングでとらなくてはいけません。あなたは普段、下記の状況にある時にどう対処しているでしょうか?

 

  • 疲れているが、ハードなトレーニングを予定している。
  • 疲労を感じて休養をとっても、体力が低下するのではないかと不安がある。
  • ライバルが自分より長い時間を練習していると想像してしまう。
  • 練習仲間のペースが速過ぎると感じている。
  • インターバル・トレーニングをする余力が、あと 1回しかないと感じる。
  • もう少し練習できるとは思うが、確信はない。
  • レースの出来が悪かった。
  • 伸び悩み(プラトー)の時期にあると感じる。または体力が低下したように感じる。

 

「練習量は多い方がよい」と考えている人は、本書のトレーニング理念である「明確な目的を持ったトレーニングを適切なタイミングで必要最小限行い、継続的な改善を実現すること」の視点で、あらためてこれらの質問への答えを考えてみてください。今までとは違った答えが得られるはずです。

ただし厳しい練習や、限界を超えた強い疲労感が残る練習が不要なわけではありません。ライダーとしての能力をこれまで以上に高めることが目標なのであれば、厳しいトレーニングを自らに課し、それらに耐えていかなければなりません。問題は、「軽めの練習にする」「休養をとる」「予定よりも少ない量で練習を終える」時の適切なタイミングがわからない場合です。「練習量は多い方がよい」という考えは、燃え尽き、オーバートレーニング、病気、怪我などの結果をもたらします。結果として練習量を抑えなければならなくなり、体力が低下します。失った体力を取り戻すには、基礎的なトレーニングから再開しなければなりません。このような悪循環に頻繁に陥るライダーが、潜在能力を開花させることはまずありません。

体力を最高レベルまで高め、究極のレース・パフォーマンスをもたらしてくれるのは、一貫性のあるトレーニングです。一貫性を保つ秘訣は、「適度な練習と休養」です。トレーニングに関する本で、「適度な練習と休養」をすすめられるのは意外だと感じる人もいるかも知れません。しかし本書を読み進めていただければ、一貫性を維持することが速く走るためにいかに重要かを理解できるはずです。

 

■三、適度な休養をとる

トレーニングの負荷に体が適応するのは休んでいる時です。つまり、休養しなければ体力は向上しません。負荷が高まるにつれて、休養の必要性も増します。この原則を頭では理解していても、実践していないサイクリストが多くいます。これは「十則」の中でも、もっとも守られていません。適度に休養をとらなければ、能力は高まらないことを忘れないようにしてください。

 

■四、計画に沿ってトレーニングをする

計画を立てることはトレーニングの要です。特に、大きな目標を達成するためにはしっかりとした計画が不可欠です。計画を立てなくてもよい結果を出したアスリートの話を聞いたことがあるかも知れません。しかし、彼らも間違いなく計画に従っています。計画が頭の中にあり、紙に書かれていないだけなのです。無計画なトレーニングでよい結果を出せるアスリートはいません。当然、あなたも例外ではありません。本書も、計画を重視しています。8章は年間練習計画、9章では練習メニューの組み方、10章はステージ・レース向けのトレーニング計画について詳しく取り上げます。

しっかりとした計画は、競技だけでなく、人生の様々な側面においてもきわめて重要です。しかし、セルフコーチングをしているアスリートは、計画をおろそかにしてしまいがちです。雑誌に載っているトレーニング計画を利用しても、新しい号が出るや否や、それまでの計画を止めて新しい計画に乗り換えるライダーもいます。1つの計画に沿ってじっくりとトレーニングをすれば、ほとんどの人は向上します。計画の内容が特に優れていなくても、効果は期待できます。計画に沿ったトレーニングとは、それほど重要なものなのです。あれこれと変えるべきではありません。

本書の内容も、詰まるところ「いかに計画を立てるか」です。第 4部では年間および週単位のトレーニング計画について紹介します。毎年のシーズン計画を立てる際に、繰り返し参照してみてください。

どのような計画でも調整は可能です。毎月ゼロから計画を立てる必要はありませんが、逆に一度決めた計画を、絶対に変更してはいけないというわけでもありません。計画の妨げとなる様々な要因に対処できるよう、ある程度の柔軟性を持たせるべきです。これら練習の妨げになる要因には、風邪を引く、残業、予定外の出張、知人の来訪など、様々なものがあります。私は「計画の妨げとなることが何も起きなかった」というアスリートを指導したことはありません。「計画には必ず邪魔が入る」ということを念頭に置きましょう。予定外の出来事が起きても、慌てずに状況に合わせて計画を変更すればよいのです。

計画において、大きな目標を持つことはとても重要です。「自分は目標を持っている」と考えているアスリートは多いものの、実際に目標を持っている人はほとんどいません。それは単なる願望に過ぎないのです。彼らが目標と呼んでいるのは、はっきりと定義されていない、漠然とした大きな成果であることがほとんどです。たとえば「もっと速くなる」などの曖昧なものです。トレーニング計画を作る時、私はまずアスリートに「今シーズンの成果を、何を基準にして判断しますか」と質問します。さらに「サイクリストとして達成したい最大の目標は何ですか」を尋ね、その回答をベースにして長期的な目標を定めていきます。その時は遠い夢に過ぎなくても、長い期間をかけて達成を目指すことで、やがて現実的な目標になっていきます。夢を持つことは目標の設定に役立ちます。自分の夢が何かを確認することが、目標設定の第 1歩として大きな意味を持つのです。

目標設定には、どのように着手すればよいのでしょうか。まず心に抱いている大きな夢を具体的なトレーニング目標に落とし込むために、具体的な「数値」「時期」「場所」などを考えます。「目標が手の届くところにあり、それに向かって努力できるものか」「目標は現実的か」などを問うのです。手に入れたいものを正確に知ることは、人生だけでなく、サイクリングでの成功においても不可欠です。目標設定については 8章で詳しく説明します。

 

■五、グループ・トレーニングを適度に取り入れる

練習会に参加するのはとても効果的です。グループ・トレーニングのメリットには、集団走行によるハンドリング・スキルの上達、レース感覚の養成、スピードの向上など様々なものがあります。悪天候の時や、予定外の用事で練習を休みたくなった時にも、仲間と一緒なら自転車に乗る気が起きるでしょう。

しかし、よいことばかりではありません。たとえば、ゆっくりと軽い負荷で回復走をするべき時でも、集団走行ではペースを上げてしまいがちです。グループの走行距離が、自分の練習したい距離より長過ぎたり短過ぎたりする場合もあるでしょう。突発的にアタック合戦が始まり、適切でないタイミングで負荷の高いトレーニングをしてしまうこともままあります。

冬場の基礎期~強化期の間は、快適なペースで走れるグループを見つけましょう。春の強化期に高強度トレーニングに取り組む時には、レースを想定した、速いペースで走るグループでの練習が効果的です。スマートに体系だった練習を行うグループを見つけるのはなかなか難しいかも知れません。そういった場合は自分でグループを作るのもよいでしょう。道路を占領するほどの大集団での練習会は危険なので避けましょう。いくら速く走りたいと思っていても、命の方が大切なのはいうまでもありません。グループ・トレーニングには、自分にとって役に立つタイミングで参加し、そうでない場合は見送りましょう。

 

■六、ピークに向けた計画を立てる

年間計画は、もっとも重要な大会にピークを合わせることを主眼として作成します。私は、もっとも重要なレースを「A」に分類しています。レース「B」も重要ですが、それに合わせて練習量を減らしたり、ピークをつけるように調整したりせず、レース前の 3~ 4日間に休養をとる程度に留めます。レース「C」は、「A」や「B」のレースに向けた準備のような位置付けです。賢明なライダーは優先度の低い Cのレースを「経験を積む」「ペーシングの練習」「体力測定のためのタイム・トライアル」などに利用します。すべてのレースを Aとして取り組んでしまうと、シーズン全体でよい結果を出しにくくなってしまいます。

ピーキングには、目標とするそれぞれのレースに向けたトレーニングも含まれます。核となる要素は「レースの走行時間」です。40kmのタイム・トライアル、45分のクリテリウム、60マイル(約 97km)のロード・レースでは、練習内容はかなり違います。コース・プロフィールも重要です。長い上りやアップ・ダウンのあるコースなのか、平坦なコースなのか、風の強弱、気温、カーブの数、オフロードかオンロードか、レースの開始時間(午前中または午後)など、様々な要素が絡んできます。ピーキングを意識して練習する場合は、目標とするレースの特徴に合わせたトレーニングが必要になります。10章では、レースに向けた計画の立て方を説明します。この計画で重要なのは、調整できる要素と、自分では調整できない要素に、それぞれどう対処するかです。

本書では、1シーズンに 2回以上、優先順位が「A」のレースに合わせてピーキングを行う方法を紹介します。ピークの状態は 2週間程度しか維持できません。ピークと次のピークの間にもレースには出場しますが、そこでは持久力、筋力、スピード・スキルを再度強化し、次のピークに向けて準備をすることに重点を置きます。

 

■七、弱点を強化する

スピードはないが持久力が優れている選手は、どのような練習を好むでしょうか?そう、持久系の練習です。ヒル・クライムが得意な選手が好むのは?当然ながら、山岳コースでのトレーニングです。サイクリストには、得意なことに練習時間を費やし過ぎる傾向があります。あなたの最大の弱点は何でしょうか。自分ではよくわからなければ、練習仲間に聞いてみましょう。きっと指摘してくれるはずです。弱点がわかったら、その強化に努めましょう。本書では、弱点を見つけ、それを強化する方法を紹介します。あなたの「リミッター(制限要素)」をよく理解することは、レースでよい結果を出すために欠かせません。この「リミッター」という用語にはよく注意しながら、本書を読み進めてください。

持久系のスポーツでは(おそらく水泳を除いて)、選手はテクニックを軽視する傾向があります。競技経験が 3年程度のアスリートは、そのスポーツに特有のスキル(自転車であれば、バランス、コーナリング、ペダリング、ハンドリングなど)を向上させる余地がたくさんあります。テクニックが上達すれば、エネルギーの浪費が減り、燃費がよくなり、同じ労力で速く走れるようになります。経験の浅い人向けの技術とエコノミー(経済性、燃費効率)については、14章で説明します。

「リミッター」を見極める際には、精神力(メンタルタフネス)が体力と同じくらい重要だということに留意しましょう。1章では、精神力の重要性を「成功への意欲」「自己規律」「自信」「忍耐力(粘り強さ)」の 4つの要素に分けて説明しました。これら 4つを結びつけるものは、「自分を信じること」だといえます。私がアスリートに求めるものは、内に秘めた「やればできる」という姿勢です。これは、私が今までに見てきたもっとも優れたアスリートにも共通しています。高い目標を達成できない人には、身体的能力とは関係なく、極度の自己不信がよく見られます。スポーツ心理学を活用すれば、この精神面の「リミッター」を強化しやすくなります。

 

■八、自分のトレーニングを信じる

目標に向けて順調に調整をしてきたつもりが、レース当日になって、「準備不足かも知れない」と不安に陥ることほど嫌なことはないでしょう。レース直前に、それまでのトレーニングに自信が持てなくなる人は少なくありません。しかし、その正体はアドレナリンがもたらす漠然とした恐怖心であり、事実ではないのです。それまでのトレーニングに自信を持つには、年間を通じてトレーニングを評価する必要があります。体力のある部分が予想より伸びていなければ、テコ入れすべく、レースを見越して早めにトレーニング内容を変更します。体力が伸びているかを評価する方法は様々です。5章では、そのうちのいくつかを紹介します。

トレーニング内容に自信を持てず、大きなレースが近づくにつれて、「十分な練習が積めていないのではないか」と不安になり、レース当日ぎりぎりまで練習をする場合があるかも知れません。私は、大事なレースの前日に長い距離を走ったり、ハードなレースさながらの競り合いをしたりする選手を見てきました。負荷を軽減させながら、レースに向けて万全の体調を整えるまでには、10~ 21日かかります。この日数はトレーニングにかけた時間とトレーニングの強度で変わります。大きなレースの前は思い切って練習量を減らすことが大切です。私は自信を持ってそれをおすすめします。

 

■九、体の声を聞く

目標達成のためには、「必要最小限の練習量」での効果的なトレーニングが重要です。若い頃、私はできる限り多く練習をすることが成功のカギだと思っていました。その結果、怪我、オーバートレーニング、病気、燃え尽きを頻繁に起こしていました。体の声を聞き、「すべきことは何か」を理解するまでに長い年月がかかりました。それは「目標達成に必要なトレーニングだけに集中すること」です。体の回復レベルを超えるほどのハードなトレーニングを止めると、成績も次第に伸びていきました。私が指導する選手にも同じ効果が見られます。

これは私の個人的な体験だけにもとづいたものではありません。1990年代初頭、ベルリンの壁が崩壊した後、私は旧東ドイツのスポーツ研究所の前所長による講演会に出席しました。彼はまず、東ドイツのアスリートが違法薬物を実際に使用していたことを認めました。「ただし、それは東ドイツの選手に輝かしい成功をもたらした理由の一部に過ぎない」とも述べました。彼によれば、東ドイツがオリンピックで大量のメダルを獲得した本当の理由は、エリート選手が寄宿舎で高度に管理された生活をしていたことです。毎朝、選手は、コーチや生理学者、医師や看護師、スポーツ心理学者などの専門家と話し合い、専門家は選手の体調をチェックし、必要に応じてその日のトレーニング・メニューを調整しました。専門家は選手の体の声を聞いていたのです。選手はその日に体が耐えられる量のトレーニングしかしませんでした。決して無理はしなかったのです。

このような恵まれた環境にいない私たちは、自分で自分の体の声を聞くしかありません。体の声に耳を澄ませば、効率的なトレーニングを行いやすくなり、パフォーマンスも上がります。質のよいトレーニングは、厳しいだけのトレーニングに優ります。本書では、日々体の声を聞き、スマートにトレーニングする方法を紹介します。

もう 1つ、重要な点があります。私が指導する選手は、とても真剣に競技に取り組み、厳しい練習を行っていますが、私は楽しむことの大切さを選手に感じてもらうことを忘れないようにしています。当たり前のことのように思えるかも知れませんが、選手の中には数字を達成することにばかりにこだわり、自転車に乗り始めた頃の気持ちを忘れてしまう人もいます。数字にしか興味が持てなくなると、自転車に乗る楽しみが失われてしまいます。私の知るプロの選手の多くは、ホビー・レーサーが忙しい毎日の中でトレーニング時間を捻出していることに感嘆しています。ホビー・レーサーは、週に 50~ 60時間働き、子どもをサッカーの練習に連れて行ったり、庭の芝を刈ったり、ボランティアの仕事をしたりと多忙な日々を送りながら、トレーニングをしているのです。それに比べ、プロ選手はなんと恵まれているのでしょう。練習時間は週に 30~ 40時間もあり、昼寝もできます。しかしプロ選手も「サイクリングが楽しみでなくなったら、プロ生活を止めて地に足のついた仕事に就くだろう」といいます。私たちは皆、楽しむためにサイクリングをします。おそらく、読者の皆さんのほとんども、自転車を仕事にはしていないでしょう。楽しむために自転車に乗っていることを、忘れないようにしましょう。あなたの価値は、レースの結果で決まるのではありません。レースの結果が悪くても、子どもたちの皆さんへの愛情は変わらないでしょう。陽はまた昇ります。眉間にしわを寄せず、笑顔で競技を楽しみましょう。心を弾ませれば、パフォーマンスもよくなります。それがサイクリングというスポーツなのです。

 

■十、目標達成への意欲を持つ

昨シーズンよりも長距離を速く走れるようになり、よりよい結果を残したいのであれば、トレーニングの内容を変えなくてはいけません。生活スタイルをあらためる必要もあるでしょう。伸び悩んでいる理由は何なのか考えてみましょう。睡眠時間を増やす、ジャンクフードを減らすことなどが必要かも知れません。冬場の筋力トレーニングにさらに真剣に取り組んだり、トレーニング・パートナーとの練習を見直したりしなくてはならないかも知れません。

次章以降の内容に沿って目標を設定したら、目標に合わせて、生活スタイルとトレーニングをどう組み合わせていくかをじっくりと検討してみてください。必要であれば、改善しましょう。レースの結果は、あなたの日頃の生活とトレーニングにかかっています。

最高のパフォーマンスのためには、24時間 365日のたゆまぬ努力が求められます。可能な限り最高の状態でレースをするには、トレーニングだけでなく、生活すべてに気をつけなければなりません。目標が高いほど、生活は食事、睡眠、練習が中心になっていきます。栄養価の高い食事は、トレーニングに必要なエネルギーを体に取り込み、失われたエネルギーを補給して回復を早め、強い体を作るための栄養を補給します。睡眠と練習は、体力に相乗的に作用します。

日々の生活の中で、あなたは、食事や睡眠、他の身体的、精神的な行動を選択しています。無意識に行うことも多いこれらの選択は、自転車のパフォーマンスに大きく影響しています。

やる気十分の選手には、サイクリングについて積極的に学ぶ姿勢があります。サイクリングの教本、スポーツ栄養学の本などを、できるだけ多く読みましょう。コーチ、トレーナー、選手、メカニック、大会運営者、機材の営業担当者など、独自の視点を持っている人と話をしてみましょう(ただし、人の意見を鵜のみにはしないようにしましょう)。アスリートとして成長するには変化が必要です。経験と見識のある他の人の言葉が、その変化のきっかけになることは少なくありません。

トレーニングの記録をつけることも重要です。練習メニューの詳細、感想、ストレスの兆候、レース結果とその分析、体力の変化、機材の変更など、日々起きたことを記録しましょう。レースの時に、きっとそれが役に立ちます。多くのアスリートは、記録をつけることでトレーニングに集中しやすくなり、目標を達成しやすくなることを知っています。

目標を設定する際に意識して欲しいことがあります。それは、「トレーニングを始める前から達成できるとわかっているものは、目標とは呼べない」ということです。目標とは、大きな努力をして初めて達成できるものであり、アスリートとしてのパフォーマンスを向上させるものであるべきです。よい目標とは、自らの限界に挑み、努力して新たな技術を習得し、能力を高め、生活スタイルを変えることを意味します。この「新たなこと」こそが成功に不可欠のものであり、私たちはその目標を目指して努力をしなければならないのです。私はこれを、「自分の限界を押し上げること」と表現しています。これについては 6章で詳しく説明します。

目標が高くなるほど、目標達成に重点を置いた生活を送ることが必要になります。地元の短距離のロード・レースでの完走が目標ならば、少しくらい手を抜いてもなんとかなるかも知れません。食事、睡眠、負荷に特に気を配らず、トレーニング・パートナーやチーム、ストレッチ、機材、練習内容の分析、筋力トレーニングなどに細心の注意を払わなくても、そこそこ走れるでしょう。しかし、全国選手権大会での優勝や表彰台に立つのが目標ならば、生活のすべてをサイクリングに集中しなければなりません。

目標達成への決意を固めることは重要です。ただし、目標はあくまでも自分にとって無理のないものであることも大切です。私たちには、仕事があり、家庭があります。自転車のためにそれらを放棄することはできません。決意し、意欲を高めることには、トレーニングと生活とのバランスをとることも含まれます。15~ 18章では、この点についてさらに詳しく取り上げます。

 

※この記事は、『サイクリスト・トレーニング・バイブル(CTB)』児島修訳・OVERLANDER株式会社(原題:『THE CYCLIST'S TRAINING BIBLE 4TH EDITION』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版のランダム掲載分です。『サイクリスト・トレーニング・バイブル(CTB)』は、わかりやすく最も信頼のおける自転車トレーニング教本として名高い世界的ベストセラーの日本語版です。■

 

著者紹介

ジョー・フリールジョー・フリール

ジョー・フリールは、1980年から持久系アスリートを指導してきました。依頼者はアマチュアからプロのロードサイクリスト、マウンテンバイク選手、トライアスロン選手、デュアスロン選手、水泳選手、ランナーと多岐にわたります。米国内だけでなく海外の国内チャンピオン、世界選手権に出場するような一流選手、オリンピック選手など、世界中のアスリートが、フリールの指導を受けてきました。

本書以外にも、彼の著書には、『Cycling Past 50』、『Precision Heart Rate Training』(共著)、『The Triathlete’s Training Bible』『The Mountain Biker’s Training Bible』『Going Long: Training for Ironman-Distance Triathlons』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Total Heart Rate Training』『Your First Triathlon』などがあります。また、フリールは運動科学の修士号を取得しています。

『Velo News』『Inside Triathlon』などの雑誌のコラムニストとしても活躍し、海外の出版物やウェブ・サイトにも特集記事を寄稿。スポーツ・トレーニングの権威として、『ニューヨーク・タイムズ』『アウトサイド』『ロサンゼルス・タイムズ』などをはじめとする、大手出版社などのメディアからも頻繁にコメントを求められています。また、米国のオリンピック関連の各連盟にもアドバイスを提供しています。

フリールは、持久系のアスリートのトレーニングやレースについて、世界中でセミナーやキャンプを行い、フィットネス産業の諸企業へアドバイザーとしても活躍しています。彼は毎年、もっとも将来性の高い優れたコーチを複数名選び、一流のコーチの仲間入りができるよう、彼らの成長を見守っています。

 

訳者紹介

児島 修

1970年生。立命館大学文学部卒(心理学専攻)。スポーツ、ビジネス、ITなどの分野で活躍中。訳書に『ベース・ビルディング・フォー・サイクリスト』(OVERLANDER株式会社)、『シークレット・レース』(小学館文庫)、『マーク・カヴェンディッシュ』(未知谷)などがある。