集中力 ~競技のためのメンタル・トレーニング~【BBC】
集中力
レースのハードな局面で、苦しさを感じ始めたとき、何が生じるのでしょうか。それまで以上にハードに走るときに重要なものが、体力から精神力に切り替わるポイントがあります。
■体は心に従う
アマチュアの優秀なトライアスロン選手が、アイアンマン世界選手権のランで30km地点を走っていました。彼は苦しみながら、コカコーラをこまめに口にして何とか持ちこたえていました。スタミナは切れる寸前でした。このレースでの彼の目標は、アマチュア選手のなかで1位になることでした。その時点では、アマチュア選手のなかで2位につけていましたが、先を走る1位の選手の背中を見ながら、このペースを維持できるのか、そもそも完走できるのかと不安を感じていました。しかし彼は突然、意を決してペースを上げました。そして、1位の選手の背後に忍び寄ると、まず相手が追いつけないほどの速いペースでそのまま抜き去りました。最終的に、彼は参加選手全体の16位、アマチュアとしては1位でフィニッシュしました。
このアスリートは、自分が思っていたより多くのエネルギーを残していました。しかし、集中力を失い、目標を達成するのに遠回りしてしまいました。途中でペースが落ちたのは、疲労に勝てずスピードを落とすことを、選択肢ではなく、必要なことだとみなしてしまったからです。しかし、ライバルを目にしたことで再び目標への集中力をとり戻し、多くの選手とは異なり、自分のなかに残されたエネルギーを活用することができたのです。
■ライバルとの差は、肉体的なものか、精神的なものか
スプリントは得意であるものの、上りを苦手とする女性ロードレーサーがいました。彼女は、上りで他の選手との差が広がり始めたときに、エネルギーと意欲が失われていくように感じると述べました。集団についていければ、スプリントで勝てることはわかっていましたが、上りで集団から脱落したとき、もう勝てないと感じてしまうのです。私は彼女に、その差は肉体的なものではなく、精神的なものだとアドバイスしました。上りで集団についていけるだけの筋力はあり、体と同じくらいの強い心を持てば、集団にとどまれると伝えたのです。
次のレースの上りでは、ライバルとの差を肉体的なものではなく精神面なものとして捉えることが、彼女の目標になりました。最初の上りで差をつけられ始めましたが、彼女は集団に追いつき、食らいつくと固く心に誓いました。最大心拍数に達しながらも、彼女は実際に差を縮め、そのレースを制しました。これは体が意志に従った結果であり、そのためにはまず、意志が体を支配することを頭で理解しなければなりませんでした。
体が「これ以上は無理だ」と訴えている状態から、さらに限界近くの能力を引き出せることは、サイクリングのような持久系スポーツではきわめて重要です。ライバルとの違いが、肉体的なものではなく、精神的なものである場合もあるのです。
研究によれば、私たちの体には、エネルギーが完全に枯渇してしまう状態になることを避けるために、その前の段階でペースを落としエネルギーを節約するよう脳に働きかけるメカニズムがあると考えられています。練習やレースで、体がペースを落とそうとしているのに、自分が思っている以上に頑張れたという経験をしたことはないでしょうか。もちろん、怪我を避けるためにペースを落としたり、停止したりしなければならないポイントはあります。しかし、実際にそのポイントに到達するかなり前に、自分で限界を決めてしまっているケースもあるのです。疲労と闘うのではなく、疲労を受け入れる方法を見つければ、可能性をさらに引き出すことができるでしょう。
■精神力で身体的な試練に立ち向かう
トレーニングやレースで疲労や苦痛のために集中できないときは、そのつらさを、単なる「不快なもの」もしくは「試練」と捉えるようにしてみましょう。そしてフォーカスを呼吸やペダリングのフォームに移し、タスクに意識を集中します。疲労のことばかり考えていれば、それは「目の前の選手についていけない」「このペースはもう維持できない」と自分に言い聞かせているようなものです。これでは、その言葉通りに自滅してしまいます。
集中すべき重要な言葉を1?3つ程度、「マントラ」(呪文)のように唱えることで、不快さではなく、タスクに集中しやすくなります。タスクには、「ペースを維持する」「リラックスする」「完走する」などがあります。自らを鼓舞し、具体的なタスクを連想させるマントラを選びます。たとえば、マウンテンバイクの選手の場合なら、長距離の上りでは「力強く、着実に、リラックス」と唱え、下りでは「スムーズに、リラックス」と唱えます。
心のなかで自分に話しかけることで、タスクに集中しやすくなり、自信が高まり、不安が減ります。マントラは、自分にとって意味があり、これらの要素を満たすものにすべきです。上りで「力強く、着実に、リラックス」と唱えれば、「自分は十分なトレーニングをやってきた(力強く走れる)」「このペースを維持できる(着実に走れる)」「気分がよい(リラックスできる)」と連想できます。下りで「スムーズに」と唱えれば、モンスタートラックのように障害物を乗り越えるのではなく、前方を見据えて、障害物を流れる水のようにすり抜けていく姿を連想できます。
■メンタル面での強みと弱点を見極める
感情が肉体的なエネルギーに影響を及ぼすことがあります。逆に、エネルギーのレベルが直接、感情に影響することもあります。肉体的、精神的なエネルギーを奪うもの、満たすものが何か、見極められるようになりましょう。
エネルギーが高まりすぎて、不安や緊張を生じさせているときに、心を落ち着かせる方法を見つけましょう。呼吸に集中したり、硬くなった筋肉をリラックスさせたりしてみましょう。逆に、エネルギーが低く、無気力さやモチベーションの低下、自信のなさを感じるときのために、気持ちを高める方法も見つけておく必要があります。過去の成功体験を思い出したり、あらためて目標を心に浮かべたりしてみるのもよいでしょう。必要なときにこのような方法を使えるようにしておきましょう。
また、レース前やレース中に、ネガティブな影響をもたらすさまざまな感情(弱気、恐怖、緊張、気だるさ、フラストレーションなど)が生じたときに、それぞれの感情に対応するためのマントラを用意しておくことも有効です。ポジティブな感情を呼び起こす言葉を選びましょう。心を落ち着かせるような言葉を繰り返すことで不安を和らげることができ、心を鼓舞するような言葉を繰り返せば、つらいときにも頑張り続けることができます。
■訓練でメンタルを鍛える
メンタル・スキルは、繰り返し練習することで習慣化します。毎回、練習を始めるときには、マントラ、呼吸法などを活用して「できるだけ長く集中力を維持する」という目標を立てて実践しましょう。気が散ってきたら、再度、集中力を高めるよう努力します。できるだけ長く集中力を維持する訓練を、できる限り何度も行いましょう。簡単ではありませんが、少しずつ上達していくはずです。
十分かつ適切な身体トレーニングはもちろん必要です。しかし、タスクに集中し、真の限界まで自分を追い込まなければ、潜在能力を開花させることはできません。自分との対話やセルフトークを適切に行うことで、パフォーマンスは向上しやすくなります。ただしそれは、タスクに合っていて、前向きで、繰り返せるものでなければなりません。目標達成にコミットし、トレーニングと回復の詳細に注意を向けましょう。精神面と肉体面のベース体力を高めることで、高度な体力要素のトレーニングに対応できるようになります。次章ではこのテーマについて詳しく説明します。