サイクリストとして知っておきたい、心拍数、パワー、主観的運動強度の短所と長所 ~体力の評価に役立つ指標の正しい活用方法とは?~

【わかる パワートレーニング!】【立ち読み版】【速くなるためのヒント一覧】2017年11月10日 00:15

ベース・ビルディング・フォー・サイクリスト

 

サイクリングの体力には、さまざまな側面があります。そのなかから自分の強みとリミッターを見極め、目標達成のために最適なトレーニングプログラムを組むことが重要です。また、テストによって進捗をチェックし、トレーニングに自信を持つことも重要です。

体力テストは、実験室または(できればパワーメーターを装着した)実走で行います。実験室でのテストで決定する生理学的マーカーは、適切なトレーニングゾーンの設定に役立ちます。パワーメーターを装着したバイクでの個人タイムトライアルや高速集団走行、レースを利用して行う実走での体力テストでは、パフォーマンスマーカーの判断と、パワー(単位:W)を基準にしたトレーニングゾーンの設定が可能です。「生理学的マーカー」は、潜在力の見極めやトレーニングゾーンの目安の設定に役立ちますが、最終的にどれだけ速く走れるかの判定には「パフォーマンスマーカー」を用います。

サイクリングに関する質問に回答することで、体力を主観的に評価することもできます。サイクリストは、競技について語るとき、自分の個人的な強みと弱みを話題にするものです。たとえば、「勾配のきつい短い上りで千切れてしまう」や「ゆるやかな勾配の、長い上りの途中でたれてしまう」「スプリントでは仲間に競り勝てるが、風の強い日には集団から千切れてしまう」などです。このような経験に基づいた知見から、鍛えるべき体力の要素がわかります。

体力テストでは、「心拍数」「主観的運動強度(RPE)」「パワーと心拍数に対する血中乳酸濃度」「特定の走行時間での平均パワー」などの指標に基づいて、トレーニングの運動強度を測定できます。それぞれの指標には長所と短所があります。

体力を評価しなければ、トレーニング目標の達成に向けて適切な強度でトレーニングしているかどうかを判断できません。ベース体力の構築に集中的に取り組むべき段階で、過度に高い強度のトレーニングをしているアスリートを多く見かけます。明確にトレーニングゾーンを定めることで、トレーニング目標の進捗度合いを判断できるようになります。

 

■心拍数、パワー、主観的運動強度

心拍計を用いたテストやトレーニングは、低~中程度の一定の運動強度では効果的ですが、短時間のきつい運動ではあまり有効ではありません。その理由の1つは、心拍数は運動強度への反応を示すものであり、運動強度そのものを表す指標ではないという点です。心臓の反応は、運動後に遅れて生じます。短距離のスプリントを終えた後に、しばらく心拍数が上昇し続けるのを経験したことがあるのではないでしょうか。一方、パワーは、走行時の運動強度を直接測る指標で、スプリントの最中にも測定できます(図4.1aと4.1.bを参照)。スプリントの後、心拍数は上昇し続けますが、パワーは踏むのを止めた瞬間に低下します。このように、運動強度そのものの測定には、心拍数ではなくパワーが有効です。パワーメーターを使えば、ピークパワーだけでなく、パワーが落ち始める時点もわかるようになります。

 

図 4 . 1 a スプリント時

図 4 . 1 b  一定のパワーを発揮しているとき 心拍数で、常にトレーニングの運動強度を正確にモニター/測定できるとは限りません。この例では、心拍数の反応が、実際の運動(パワーで表記)後に遅れて生じていることがわかります。図4.1aは、スプリント時の値を示しています。パワーの低下後も、心拍数が上昇している点に注目しましょう。図4.1bでは、時間の経過とともに、パワーが低下しても、心拍数が上昇し続けていることがわかります。

 

パワーは変動が大きく、継続的な中程度の運動強度のモニターには向いていません。一方、心拍数には徐々に変化するという性質があります。ゆるやかな起伏のあるコースを一定の速度で走行しているとき、心拍数はパワーに比べて安定し、ゆっくりと上下に変化します。パワーの数値は、ペダルに加える力を少し変えただけで大きく変動することがあります。心拍数は低~中程度の運動のモニターには向いていますが、トレーニングゾーン別の時間の正確な把握には向いていません。心拍数はゆっくりと変動し、パワーは運動強度によって瞬間的に変動します。このため心拍数は、ペダルをこぎ終えた後もしばらくは高い値が表示され続け、運動強度を上げてもしばらくは低い値を示したままになります。心拍計がトレーニングゾーン別の時間に関するデータを示していても、それは特定の運動強度でのトレーニング時間の概算値にすぎません。つまり、心拍数は運動強度の参考値を示し、パワーは運動強度そのものを示します。

心拍数は、体内の水分状態、休息、不安、病気、薬物、気温などにも影響されます。水分が不足していると心臓に負担がかかるため、心拍数は通常より高くなります。血液の主成分は水なので、水分不足になると血液量も減ります。このため、運動中に血液を体内に循環させることが求められると、心臓はいつも以上の仕事をしなければならなくなります。また気温が高いときは、体内の水分が十分であっても、運動中の心拍数は上がりやすくなります。筋肉に十分な血液を送るだけでなく、皮膚の表面に直接血液を巡らせることで体温上昇を抑える必要があるためです。この現象は、温度が高くなりがちな室内での練習中にもよく見られます。同じパワーや運動強度でも、気温が全般的に低い屋外での練習時に比べ、サイクリストの心拍数は高まります。このため、室内トレーニングでは、大型の扇風機が効果的です。リモコン操作できるタイプであれば、自転車から降りずに風速を調節できるので便利です。

アドレナリンとカフェインも心拍数を上昇させます。私の場合、ダウンヒルのマウンテンバイクレースのスタートラインに立ったとき、自分の順番が近づくにつれ、興奮と緊張だけで心拍数が40bpmも上昇したことがあります。また、前日の練習からまだ回復し切れていない場合にも、翌朝の心拍数が高いままになっていることがあります。体に負荷が与えられると、心臓は体の他の器官と共に、回復のためのプロセスを続けているからです。安静時の心拍数が思いがけず上昇しているときは、病気の前兆とも考えられます。起床時の安静時心拍数は、回復状態を判断するためにモニターすべきバイタルサインの1つです。運動時の心拍数が通常よりも高いときは、その原因について考えましょう。水分不足の疑いがあれば、スポーツドリンクを摂取し、心拍数が正常に戻るまでペースを落とすか練習を中止します。

「オーバーリーチング」と呼ばれる慢性疲労状態になると、心拍数が上昇しにくくなったり、通常よりも低くなったりします。体の神経系には、体がこうした疲労状態に陥ったときに、心臓を保護するメカニズムがあると考えられています。どれだけハードに走っても心拍数がなかなか上昇しない場合、それは疲労の蓄積度の高さを示すはっきりとした兆候です。この場合は、ペースを落とすか練習を切り上げ、数日間の休養をとりましょう。このように、心拍数からは貴重なフィードバックが得られます。

 

■パワーの変動

パワーは心臓とは異なり、病気や水分不足の状態に対処してくれるわけではありません。それでも、足の疲れや調子のよさを知るのに役立ちます。いつも通りのパワーに到達できなかったり、維持できなかったりするとき、それは疲労や健康の状態、体力レベルを知る手掛かりになります。足がだるい、具合が悪い、水分不足だというときは、数日前に可能だったパワーを維持できなくなることもあります。また、基礎期前期には、維持できるパワーの上限が低下するのも一般的です。

この時期は下限ゾーン(ベースゾーン)で練習をしているため、後で運動強度を上げるまでは、パワーの上限値がある程度下がるのです。毎年体力の上限を高めていくために、土台を構築すべきベーストレーニングの期間中には、パワーの上限を下げておく必要があります。また、パワーは高地でも低下します。逆に、スピードは高地で速くなります。

あるパワーを簡単に達成・維持しやすいと感じ、パワーメーターがきちんと較正してあることを確認したのなら、それは全般的な体力または脚力が大きく向上したことを意味します。パワーメーターがいつもよりも高い数値を示したときに、念のためにパワーメーターの較正を確認するのは実に気分のよいものです。

 

■主観的運動強度(RPE)

主観的運動強度(RPE)からも、走行中の運動強度だけでなく、その時点の体力や疲労、健康の状態についての貴重な情報が得られます。RPE を正確に把握できるようになるには、数年を要するケースもあります。ただし短期間で習得し、フィードバック用のツールとして効果的に活用する選手もいます。

RPE の標準的な尺度には、20段階と10段階の2種類があります。20段階の RPEは、実験室でのテストでも標準的に用いられていますが、私は10段階の方をおすすめします。選択肢が少ないため、日単位での比較が簡単だからです。コラム「主観的運動強度(RPE)」では、10段階について解説します。

RPE を心拍数とパワーと併用することで、運動強度、体力の向上/低下、体調の異変などを把握しやすくなります。正常な状態で一定の心拍数とパワーにあるときの体の感覚を、自覚できるようになりましょう。主観的に運動強度を認識できるようになれば、適切な運動強度でレースやトレーニングに臨みやすくなります。また、休養が十分の通常の状態と比較することで、何か異変があった場合にも気づきやすくなります。RPE とパワーを心拍数と比較することで、その時点の心拍数が運動強度を正確に示しているのか、または暑さや脱水、病気、疲労、ストレスなどの要因の影響を受けているかどうかを判断しやすくなります。たとえば、RPE が4のときの特定の心拍数とパワーを普段から習慣的に意識して各数値を頭に入れておけば、RPE が4にも関わらず心拍数とパワーがいつもより低い場合に、「オーバーリーチング(短期的な練習しすぎの状態)のため休息が必要である」と判断できます。同じように、RPEとパワーが一致しても、心拍数が通常より高ければ、「脱水や不安、病気になっている可能性がある」とわかります。頭がクラクラするようなら、走行をやめ、スポーツドリンクを飲みましょう。また、通常、長時間の一定強度での運動では、パワーが安定していても、心拍数と RPE は徐々に上昇していきます。このような心拍数の上昇を、「カーディアック・ドリフト」と呼びます。カーディアック・ドリフトの正確なメカニズムはまだ科学的には解明されていない部分もありますが、現時点では、心臓の出力(1回拍出量)の低下を補うため、または深部体温(体の中心部の温度)の上昇に伴う血流増加(皮膚温度の冷却のため)と発汗による血液量の減少に対処するために、心拍数が上昇することが原因だと考えられています(図4.2a と4.2bを参照)。

 

図 4 . 2 a

図 4 . 2 b この表は、カーディアック・ドリフトの例を示しています。パワーや運動強度が一定状態を維持しても、時間の経過とともに心拍数が上昇することがあります。カーディアック・ドリフトは、脱水や気温が高いときなどに顕著になる傾向があります。

 

心拍数、RPE、パワーを組み合わせることで、運動強度の調整に役立つ3つの効果的な測定ツールを手にできます。また、体力テストによって、これらの3つの測定ツールを活用するうえでの指針と基準点が得られます。

 

■コラム 主観的運動強度(RPE) 

  • 1:非常に楽
    自転車にまたがり、走り始める前の状態。
  • 2~4:楽~適度
    快適なレベルで、会話しながら1日中走行していられるペース。RPE4くらいで呼吸が速くなり始める。トレーニング下方閾値(LTT)はこの範囲に相当する。
  • 4~6:ややきつい
    安定した、快適さを感じるきつさでの運動。サイクリングではよく、「テンポ走」と称される。呼吸が顕著に速くなり、会話をすると、息継ぎのために話が途切れがちになる。この運動強度を維持するには集中と意志が必要になるが、休養を十分にとっていれば、最大90分間は持続できる。
  • 5~7:きつい
    トレーニング上方閾値(UTT)はこの範囲に相当する。呼吸は速いが、同じリズムで行え、極端に苦しいというほどではない。呼吸は荒くならない。しゃべる気にはならず、非常に短い言葉しか発することができない。足が焼けつくような感覚が生じる一歩手前の状態。十分な休養をとり、体力と意欲が高い状態であれば、50~75分間の持続が可能。
  • 6~8 かなりきつい
    足が焼けつくような感覚が生じる。呼吸は速く、荒くなり、意欲がきわめて高くなければ持続できない。十分な休養をとり、体力が高い状態であれば、20~40分間は持続できる。呼吸が速いためにしゃべることが困難になり、一言を発するのが限界になる。
  • 7~9:きわめてきつい
    5~8分間持続できる運動強度。心拍数が運動の少し後で上昇するのと同じく、きつさを自覚するまでにわずかに時間がかかる。たとえば、25mph(約40km/h)/325Wでスタートした場合、始めは RPE が4~6程度で、そのまま走り続けられると感じられるが、数分後には、この速度とパワーがスタート直後よりもかなりつらく感じられるようになる。
  • 9~10:最大
    長距離レースの最後のスプリントなど、全力での運動強度。言葉を発することがまったくできないレベル。

 

ベース・ビルディング・フォー・サイクリスト

 

  • 記事出典:トーマス・チャップル著・児島修訳・『ベース・ビルディング・フォー・サイクリスト』(OVERLANDER株式会社)・P65~73の抜粋
    ※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。