パフォーマンスと加齢 ~スイム、バイク、マラソン、アイアンマンの年代別・性別の世界記録等~

【立ち読み版】【速くなるためのヒント一覧】2024年5月27日 08:39

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

 

■パフォーマンスと加齢

ここではふつうの人との比較はやめて、我々に必要なことについて詳しく考察していきましょう。アクティブで体力があり、意欲も高い高齢のアスリートに、どれだけのことができるのかを見ていきます。このような人はそう多くはありません。だからこそ、ふつうではないのです。しかし、その最高のパフォーマンスで、どれだけのことが可能かを我々に示してくれることも少なくありません。一流の持久系アスリートが年齢とともにどうなるか、すでに我々にわかっていることを、ざっとまとめてみましょう。

10代や20代といった若い選手の身体的パフォーマンスは、およそ10年にわたり、急速に向上します。そして30歳やその±5歳程度(競技による)で、たいていピークを迎えます。そのピークを過ぎると、毎年、徐々にパフォーマンスは下降していきます。生理学的には能力が低下したとしても、そのほかの変化によってカバーされることはあります。その多くは経験によるものと考えられます。トレーニングやレースをよく知れば、以前ほどの勢いではないにしろ、パフォーマンスアップはまだ可能なのです。しかし、最終的にはパフォーマンスの低下はあらわになります。

最初、全盛期を過ぎた30歳ぐらいのアスリートの能力低下は非常にわずかなものです。そのため、それに気づくことすらないかもしれません。実際、トレーニング不足や生活習慣の変化がその原因であることも考えられますし、単に運が悪かった、ということもありえます。しかし40代前半までには、パフォーマンスの高いアスリートのほとんどが、ものごとが悪い方向に向かっているということに、たいてい気づきます。40代だとプロ選手は多くはありませんが、いないわけではありません。我々に関係のある持久系競技でいうと、クリス・ホーナーがいます。彼は41歳にして、スペインで3週間にわたり開催される自転車レース、ブエルタ・ア・エスパーニャを制しました。

能力低下の傾向は40歳を超えてなお続きます。そして40代半ばまでには、主だった持久系競技のほとんどでは、プロの選手はいなくなります。もちろん、我々が知りたいのは、人生の後半の何十年間かで、パフォーマンスがどう変化するかということであり、40代よりもはるかに先のことです。本当の衰えが始まるのはこの2、3年あとだということは、もちろん経験からわかっていると思います。では、ずっと先のことについて見ていきましょう。

シニア・アスリートに何ができるのか、ということは、持久系競技でのエイジグループのパフォーマンスを検討すればわかります。しかし、アスリートと加齢の研究の多くには問題があります。それは、さまざまな年齢別のカテゴリーを幅広く横断的に、男女別に見ていることです。つまり、集団のトップから最後尾まで、幅広い能力の選手を比較しているのです。そのパフォーマンスに大きく影響するのは、身体的な違いだけではありません。モチベーションもあります。とにかくトレーニングを行う意欲がなく、レースで限界近くまで自分を追い込まない、という人も、研究対象のなかに入っているのです。

持久系競技を行う人が増えるにつれて(過去30年ほどその状態が続いていますが)、パフォーマンスにはあまり頓着しない人、あるいはおつきあいで参加する人の割合が増えつつあります。このような人が増えると、高齢者すべての結果を見るだけではデータの信憑性が薄れ、パフォーマンスに対する加齢の本当の影響がどういうものなのか、わかりにくくなります。

反対にレースの結果を、世界トップレベルあるいは国内トップレベルのアスリートに絞って検討すれば、パフォーマンスの限界と、加齢にともなうパフォーマンス低下の速度が、はるかにはっきりと見えてきます。トップ中のトップ、つまりシニア・アスリートのなかで最もパフォーマンスのよい人たちが、持久系競技において、どれだけのことができるか、調べることです。要するに、世界記録保持者や国内記録保持者を競技会で観察するのです。やはりシニア・アスリートはパフォーマンスが落ちるのでしょうか。見てみましょう。自分と同年代、同性のトップアスリートが自分と同じ競技で出している結果に、目を見開かされるに違いありません。

図1.1A、1.1B、1.1C、1.1Dには、それがよく表れています。これらのグラフはそれぞれ、スイム1,500m、バイク40kmタイムトライアル、マラソン2、コナのアイアンマン世界選手権の結果を表したものです(3)。世界記録(スイム、ラン、アイアンマン)と米国記録(バイク)をエイジ別、性別に見ることができます。それぞれのグラフの縦軸は記録、横軸はエイジです。

 

図1.1A エイジ別水泳1500m世界記録

 

図1.1B エイジ別自転車タイムトライアル米国記録

 

図1.1C エイジ別マラソン世界記録

 

図1.1D エイジ別アイアンマン世界選手権記録

 

これらのグラフには、はっきりとした傾向があります。まず、エイジグループのトップ選手といえども、年とともにパフォーマンスは落ちます。また、50~59のエイジグループでは、パフォーマンスの低下(タイムが遅くなることです。これはグラフの線が上昇することからわかります)が若干速いことがわかります。この能力低下の傾向は、スイムとアイアンマンで顕著です。そのほか、女子選手の能力低下は男子選手よりも速く、マラソンとアイアンマンにおいては特に速いことがわかります。能力低下の性差が最も少ないのは、スイムのようです。70代半ばから後半、あるいはそれ以上の年齢では、すべての競技においてパフォーマンス低下が加速します。

この米国記録、世界記録のグラフの内容は、ほかの競技のエイジグループを対象にして行われた同様の調査と、おおむね一致します。たとえば、2001年の全米シニアオリンピック4で行われたシニア・オリンピアン(50歳以上)の調査です。この調査では、男子選手、女子選手とも50歳から85歳までのあいだに毎年3~4%パフォーマンスが低下しますが、その率は75歳以上のほうが高いということがわかりました。そのほかには1991年から1995年5にかけて行われた、全米マスターズ水泳選手権の調査があります。この調査でも、70歳までのパフォーマンス低下率は一定であるのに対し、それ以降では加速度的になることが明らかになりました。なおこの調査では、男子選手よりも女子選手のほうがパフォーマンスの低下率が高いこともわかりました。

このほかの研究では、水泳6とトライアスロンの全米選手権7においてエリートマスターズ選手の調査が行われ、やはり同様の速度でパフォーマンスが低下することがわかりました。トライアスロンの研究では、アイアンマンのほうが、同じエイジグループの(距離の短い)オリンピックディスタンスよりパフォーマンスの低下が著しい、という結果が出ました。この調査を行った研究者は、アイアンマンディスタンスでのパフォーマンス低下の原因を、怪我のリスクがより高いこと、そして短い距離の選手に比べて長い時間、低い強度でトレーニングするため、VO2maxが急速に落ちることにあると、推測しています。パフォーマンスを決定するこれらの要素については、次章以降、何度も取り上げます。

もちろん、70歳ぐらいで起きるこの劇的な変化には、社会的な要因も考えられます。ベビーブーム世代のいちばん上は、本書執筆時点で60代半ばから後半に差しかかっています。ランニング・ブーム、フィットネス・ブームは1970年代の初めに始まりましたが、この世代はそのとき20代後半。当時、この世代の多くがスポーツに夢中になり、今にいたるまで続けています。あらゆる競技において年代別の最高記録を塗り替えているのは、この世代のアスリートなのです。

それに対し、サイレント・ジェネレーションと呼ばれる、1929年から1945年までに生まれたベビーブーマーの一世代前の人びとは、スポーツやフィットネスにそれほど打ちこむことはありませんでした。大恐慌時代、第二次大戦時代、冷戦時代に育ったことが、世代の価値観や生活習慣の形成に大きな影響を及ぼしました。運動、特に激しい運動は、彼らにとって大きな意味を持たなかったのです。そればかりか、ややもすれば眉をひそめられました。この世代が目を向けたのは仕事と家庭のみ。スポーツやその他の「無駄な」活動は度外視され、アスリートになる人はごくわずかでした。したがって、現在、グラフのなかで落ちこんでいる70代、80代のパフォーマンスは、今後何年間かで驚くほど変化することが見込まれます。ベビーブーム世代が「エイジアップ」しますから、あらゆる競技において70代の記録が大幅に更新される日も近いでしょう。要するに、この何十年間かは、この世代が記録を塗り替えてきたのです。もちろん、これは単なる私の推測に過ぎません。

グラフを見ると、50代のどこかの時点でパフォーマンスがある程度落ちることが予測されます。そしてそのまま落ち続けたのち、70代以降でいちばん大きく落ちこむと考えられます。おそらく、そうなるでしょう。しかし、このような加齢とパフォーマンスに関する推測、憶測はすべて、個人が生まれつき持っているものや、どれだけ真剣に勝利を目指すのか、ということによって変わってきます。

世界のトップアスリートも経験したような身体的能力の低下が、自分の身にもふりかかっているとき、次のような疑問を抱くのではないでしょうか。どうしてこのような変化が生じるのか?この変化を遅らせるには何をしたらよいのか?最初の疑問に対する答えは、第2章と第3章で探していきます。2番目の疑問は第2部で取り上げます。加齢によるパフォーマンスへの影響を遅らせるには何ができるのか、詳しく検討します。本章では、加齢と競技パフォーマンスについて、科学的な研究によって明らかになったことを見ていきましょう。ここで紹介する情報は、非常に興味深いだけでなく、ハイレベルのパフォーマンスを維持するための、重要な手がかりとなります。

 

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

※この記事は、『50を過ぎても速く!』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『FAST AFTER 50』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版です。『50を過ぎても速く!』は、アメリカを代表する持久系スポーツコーチであるジョー・フリールが、サイクリスト、ランナー、トライアスリート、水泳選手、スキー選手、ボート選手など、すべての持久系競技のアスリートのために、最新の研究をベースにして、「50歳を過ぎてもレースで力強く走り、健康を維持する方法」をわかりやすく解説した好著です。

※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。

 

■著者:ジョー・フリール(Joe Friel)

ジョー・フリールは、TrainingPeaks.comおよび TrainingBible Coachingの共同創立者です。運動科学の修士号を持つフリールは、1980年から持久系アスリートの指導にあたってきました。彼の教えを受けたのは、自転車、マウンテンバイク、トライアスロン、ランニング、ボート、馬術の選手などであり、年齢もさまざま、初心者からエリートまでとレベルも幅広く、アマチュアもプロもいます。なかにはアイアンマン・レースの優勝者、米国内外のチャンピオン、世界選手権代表、そしてオリンピック代表もいます。

フリールの作品は以下のとおりです。『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『The Mountain Biker's Training Bible』、『Cycling Past 50』、『Going Long』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Your First Triathlon』、『Your Best Triathlon』、『The Power Meter Handbook』、『Precision Heart Rate Training』(寄稿)、『Total Heart Rate Training』『Triathlon Science』(共同編集)。フリールはまた、米国トライアスロン指導者委員会の設立に携わり、会長を2期にわたってつとめました。

そのほか、『Inside Triathlon』、『Velo News』をはじめとする、200を超える雑誌のコラムを執筆するかたわら、米国以外の雑誌やウェブサイトにも頻繁に記事を寄稿しています。持久系競技のトレーニングに関して、さまざまなメディアから意見を求められており、紹介記事が掲載された雑誌は、『Runner's World』、『Outside』、『Triathlete』、『Women's Sports & Fitness』、『Men's Fitness』、『Men's Health』、『American Health』、『Masters Sports』、『Walking』、『Bicycling』といった専門誌から、『The New York Times』、『Vogue』にまで及びます。

フリールはこれまでに、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、太平洋地域でキャンプを主催し、アスリートはもとよりコーチにも、トレーニング、レースについて指導を行っています。また、フィットネス産業や政府機関のアドバイザーとしても活躍しています。

エイジグルーパーとしては、コロラド州マスターズ選手権優勝、ロッキーマウンンテン地区、サウスウェスト地区のデュアスロンエイジ別優勝などの戦績を誇り、全米代表チーム入り、世界選手権出場の経験もあります。現在は、サイクリストとして米国の自転車レースシリーズやタイムトライアルにも参加しています。

 

■訳者:篠原美穂

慶應義塾大学文学部(英米文学専攻)卒業。主な訳書に『アドバンスト・マラソントレーニング』、『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』、『はじめてのウルトラ&トレイルランニング』、『ランニング解剖学第2版』(以上、ベースボール・マガジン社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)などがある。