加齢の科学 「頻度」「時間」「強度」 ~年齢に関わらずトレーニングで調整できる要素は3つに限られる~
■加齢の科学
本章は加齢の理解を目的としていますが、科学はその最適な手段です。したがって、調査とはどのように行うのかを知っておくべきです。瑣末なことのように思えますが、明らかにふつうでない目標を達成する我々にとっては、これを知ることで間違った情報を追わなくても済むのです。ですから、数字がどのようにして得られたのか、そしてそれがどう使われているのか、詳しく見ていきましょう。
研究者も我々と同様、仕事に問題を抱えています。その1つは、研究資金の獲得です。なかには設備費も人件費もすべて自分で支払わなければならない人もいます。研究資金はたいていわずかなもので、主な出資元は政府、企業、財団、大学です。研究費の獲得は難しく、研究者はいかにコストを切り詰めるか、頭を悩ませることもしばしばです。加齢と身体パフォーマンスの研究に関しては、時間とコストを削減するために「横断研究」という手法が用いられます。これにより、短時間で課題を検討することができます。
横断研究では、被験者は選ばれたあとにさまざまな面から調べあげられ、測定されて、同じエイジ、同じ活動レベルの典型とみなされます。たとえば、体組成などパフォーマンスの身体的指標に対する年齢の影響、つまり体脂肪の多い少ないに対する加齢の影響を調べるとします。この場合、20代アスリートの群と、60代アスリートの群の体脂肪を測定することが想定されます。そしてこの2つの群の違いは年齢で説明がつくと仮定します。ここで問題になるのは、体組成に影響するファクターがほかにも考えられるということです。それにはトレーニング方法だけでなく(ほとんどの研究では、トレーニング量だけを見て、トレーニング強度を考慮に入れていませんが)、一見無関係に見える些細なこと、たとえば収入、生活習慣、配偶者の有無、テレビの視聴時間、食生活、社会習慣、スポーツ以外の趣味など、たくさんのことが考えられます。
これらはすべて、わずかながらも体組成に影響するものです。もし科学に精通していれば、原因を突きとめ、それをコントロールすることもできるでしょう。しかし、我々は可能性をすべて把握することはできません。人はさまざまな面でそれぞれに違う存在です。横断研究では被験者に接する時間はきわめて短く、違いを明らかにするには足りません。非常に簡便で長時間かからないため、費用も比較的低く抑えられますが、残念ながら加齢に関しては、横断研究はゴールデンスタンダードにはならないのです。
加齢研究に最も適しているのは縦断研究です。シニア・アスリートの縦断研究では、同じ被験者が長期にわたり定期的に試験と測定を受けます。研究者には、被験者のトレーニングメニュー、生活習慣、食生活、毎日の活動レベルなどがわかるようになります。体組成に対する加齢の影響に関しては、横断研究よりはるかに多くの意味ある結果が導きだされるのです。これは想像に難くないでしょう。それだけではありません。我々が知っておきたいそのほかの生理学的なファクターも、縦断研究によって明らかになります。調査期間は長いほどよいのです。しかし、時間とお金がかかることを覚悟しなければなりません。何年、あるいは何十年かかることもあるでしょう。我々を調査した結果は10年あるいは20年、発表されないかもしれません。わずかなデータを集めるのに、これだけ長い時間を割くことになります。しかし、老化を解き明かすという目的のためには、こうした研究こそ詳しく知る必要があります。真実を知るための手がかりが、そこにはふんだんにあるからです。
このような研究方法の問題もありますが、それとは別に、加齢を理解するためには、運動生理学の基礎知識も必要になります。まず、年齢に関わらずトレーニングで調整できる要素は3つに限られます。それは、頻度、時間、強度です。後記にその最重要ポイントだけをまとめました。
■頻度
過去数十年間に行われた運動生理学の研究により、最高の結果を出すにはトレーニングを頻繁に行わなければならない、ということがわかっています(8)。パフォーマンスを向上させるためには、高頻度で練習することが必要なのです。長いあいだが空くと体力低下につながり、それを克服することは非常に難しくなります。
■継続時間
若年のアスリートと同じく、シニア・アスリートのトレーニングも生理学的変化が起きるよう、十分に時間をかけて行う必要があります(9)。競技のための練習時間が短いと有酸素的な持久力も高くはならず、パフォーマンスも精彩を欠くことになるでしょう。
■強度
トレーニングの強度(どれだけきついトレーニングをするか)については、第2章以降、すべての章で引き続き検討していきます。シニア・アスリートにとって強度は1つの鍵となるものです。
このほかにもう1つ、トレーニング量という指標もあります。トレーニングを組み立てるうえで、すでに使っていることでしょう。量とは単純に時間に頻度をかけたものです。要するにある時間の練習を一定期間に何回繰り返すかということです。したがって、1週間に2時間の練習を6回行えば、その週のトレーニング量は12時間ということになります。
それでは、この原理を実際の例にあてはめてみましょう。
※この記事は、『50を過ぎても速く!』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『FAST AFTER 50』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版です。『50を過ぎても速く!』は、アメリカを代表する持久系スポーツコーチであるジョー・フリールが、サイクリスト、ランナー、トライアスリート、水泳選手、スキー選手、ボート選手など、すべての持久系競技のアスリートのために、最新の研究をベースにして、「50歳を過ぎてもレースで力強く走り、健康を維持する方法」をわかりやすく解説した好著です。
※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。
■著者:ジョー・フリール(Joe Friel)
ジョー・フリールは、TrainingPeaks.comおよび TrainingBible Coachingの共同創立者です。運動科学の修士号を持つフリールは、1980年から持久系アスリートの指導にあたってきました。彼の教えを受けたのは、自転車、マウンテンバイク、トライアスロン、ランニング、ボート、馬術の選手などであり、年齢もさまざま、初心者からエリートまでとレベルも幅広く、アマチュアもプロもいます。なかにはアイアンマン・レースの優勝者、米国内外のチャンピオン、世界選手権代表、そしてオリンピック代表もいます。
フリールの作品は以下のとおりです。『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『The Mountain Biker's Training Bible』、『Cycling Past 50』、『Going Long』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Your First Triathlon』、『Your Best Triathlon』、『The Power Meter Handbook』、『Precision Heart Rate Training』(寄稿)、『Total Heart Rate Training』『Triathlon Science』(共同編集)。フリールはまた、米国トライアスロン指導者委員会の設立に携わり、会長を2期にわたってつとめました。
そのほか、『Inside Triathlon』、『Velo News』をはじめとする、200を超える雑誌のコラムを執筆するかたわら、米国以外の雑誌やウェブサイトにも頻繁に記事を寄稿しています。持久系競技のトレーニングに関して、さまざまなメディアから意見を求められており、紹介記事が掲載された雑誌は、『Runner's World』、『Outside』、『Triathlete』、『Women's Sports & Fitness』、『Men's Fitness』、『Men's Health』、『American Health』、『Masters Sports』、『Walking』、『Bicycling』といった専門誌から、『The New York Times』、『Vogue』にまで及びます。
フリールはこれまでに、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、太平洋地域でキャンプを主催し、アスリートはもとよりコーチにも、トレーニング、レースについて指導を行っています。また、フィットネス産業や政府機関のアドバイザーとしても活躍しています。
エイジグルーパーとしては、コロラド州マスターズ選手権優勝、ロッキーマウンンテン地区、サウスウェスト地区のデュアスロンエイジ別優勝などの戦績を誇り、全米代表チーム入り、世界選手権出場の経験もあります。現在は、サイクリストとして米国の自転車レースシリーズやタイムトライアルにも参加しています。
■訳者:篠原美穂
慶應義塾大学文学部(英米文学専攻)卒業。主な訳書に『アドバンスト・マラソントレーニング』、『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』、『はじめてのウルトラ&トレイルランニング』、『ランニング解剖学第2版』(以上、ベースボール・マガジン社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)などがある。