加齢の研究 ~年を重ねてもパフォーマンスを維持するための鍵は、強度にある~

【立ち読み版】【速くなるためのヒント一覧】2024年6月10日 11:03

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

 

■加齢の研究

シニア・アスリートの縦断研究については、どうしても過去に遡って考えなければなりません。

生理学をいち早く運動に応用したのは、ハーバード大学疲労研究所のブルース・ディルらです。彼らがアスリートに対して行った加齢研究は、おそらく最初の縦断研究であり、その追跡期間の長さから、世界屈指の研究といえます。この研究は1936年に始まり、20年以上も続きました(10)。研究初期では、パフォーマンスの高い16名の長距離ランナーについて、VO2maxなど数種のファクターが測定されました。VO2maxは有酸素運動能力として知られていますが、体力指標の1つであり、高いパワーを出すときに体が使うことのできる酸素量に直結します。VO2maxがパフォーマンスの特に重要な決定因子であることは、加齢とともにわかるようになります。VO2maxについては、次章以降でもしばしば触れます。

ディルの研究対象となった優秀な選手のなかには、インディアナ大学のドン・ラッシュという有名選手もいました。当時ラッシュ選手は2マイル(約3.2km)の世界記録(8分58秒)を持っており、さらに10,000mの米国記録(31分06秒)をマークしたところでした(11)。ディルはその成績に相当する、高値の VO2maxを期待しました。そしてそれが裏切られることはありませんでした。ラッシュ選手の測定値は81.4ml/kg/分という、並外れた数字だったのです(生理学上云々ということは、あとで述べますが、ここではとにかく、ものすごい数字だということだけ言っておきます)。当時は、大学卒業後にトレーニングを続ける選手はごくまれでした。大恐慌時代、人びとはもっと切迫した問題を抱えていたのです。ラッシュ選手は例外です。彼は強度と量を減らしつつ、大学卒業後も走り続けました。49歳になるまで、毎日約45分間走っていたのです(当時にしてみれば、45分という時間は短くはありません。ロジャー・バニスターが1954年に1マイル<約1.6km>で初めて4分の『壁』を破ったときも、週に5日のみ、約45分間という練習でした。1970年代に入るまでは、ランナーが週末に練習するということもありませんでした。時代は変わったものです)。

ディルは、ラッシュ選手が49歳のときに再度測定を行いました。ハーバードの研究所で初めて測定を行ってから25年後のことです。VO2maxは81.4から54.4になっていました。27%の低下です。ざっと1年に1%ずつ落ちたことになりますが、まったく悪い数字ではありません。50歳前後の人でこれだけの体力レベルのある人はまれです。1936年にラッシュ選手と一緒に最初のテストを受けた、そのほかの15名の学生ランナーは、25年後に行われたこのフォローアップテストまでに全員が走ることをやめていました。想像がつくかもしれませんが、ほとんど運動をしなかった彼らの数値はラッシュ選手よりも大幅に落ちこみ、平均で43%低下していました。1年に2%近く低下したことになります。事実、VO2maxという点では、ランニングの経験がない、動かない生活を送る人と違いはなかったのです。

ディルが加齢研究で調査したドン・ラッシュやその他の被験者について、学ぶべきことはあるでしょうか。1つ考えられることは、若いときに身体能力を磨いていたとしても、後年、健康であり続けることができるとは限らない、ということです。これはよく耳にする、「Use it, or lose it(使わないと、使えなくなる)」ということわざのいい例です。このことについては、あとで検討します。

ラッシュ選手の話からは、トレーニングの主な2つの要素に関しても、学ぶべきものがあるでしょう。2つの要素とは、量と強度です。ラッシュ選手の練習時間と強度は年とともに減っていきました。しかし2つを比較すると、強度のほうが大きく変化しました。トレーニング負荷をいくらか減らした結果、体力はかなり低下しました。しかし、年をとれば、何にせよそうなってしまうのでしょうか。体力低下は避けられない運命なのでしょうか、それともトレーニングを減らしたせいでしょうか。この問題については、別の縦断研究を通して掘り下げていきましょう。今回は、それほど昔まで遡る必要はありません。

運動生理学研究にはもう巨星がいます。ディルのテストを受けたラッシュ選手と同じ年に生まれた、マイケル・ポロックです(1998年に逝去)。ポロックがテキサス州ダラスのエアロビックリサーチ研究所のディレクターとして指揮をとった研究も、加齢に関する古典的縦断研究のうちの1つです(12)。

1970年代、トラック競技を行う42歳から59歳までのマスターズランナー24名が、テキサスの研究所でポロック博士のテストを受け、VO2maxと体組成が測定されました。そして10年後に再度テストが行われました。この間の10年、被験者は全員走り続けていましたが、競技を続けていたのは、11名のみでした。この競技者群が走り続けていたペースと10年前のペースとの差は、1マイル(約1.6km)あたり30秒以内でした。これに対しもう1つの13名の群は、競技をやめたためにトレーニングの強度を落としていました。1マイル(約1.6km)あたり90秒、以前のペースよりも遅く走っていたのです。我々が50歳を超えたときにすることと同じこと、つまり、長時間、遅い、長い距離の運動(LSD)に偏っていたのです。走っている量に関しては2つの群とも以前と同じであり、最初にテストを受けたときと週間走行距離の差は4マイル(約6.4km)以内でした。

このテストの結果、どうなったでしょうか。競技を行い高強度で走っていた群の VO2maxには有意な低下は見られず、54.2ml/kg/分から53.3ml/kg/分へと落ちただけでした。これは10年という期間にしては驚異的な数字です。しかし残念ながら、LSD群の VO2maxは52.5ml/kg/分から45.9ml/kg/分へと低下し、10年間で12%を超える落ちこみを見せました。この低下率は、LSDトレーニングを行っていたラッシュ選手とほぼ同じでした。

しかしポロック博士はここでテストをやめませんでした。さらに10年の期間を置き、最初にテストをした24名の被験者うち21名に対し、再テストを行ったのです。被験者はこのとき60代から70代になっていました(13)。このうち9名は、高強度のトレーニングを続けており、10名は中強度で LSDを行い、残りの2名はトレーニングの量と強度の両方を大幅に落としていました。

今回は、多少結果が異なりました。競技を続けていた9名の VO2maxはこの10年で15%低下し、53ml/kg/分から45ml/kg/分になっていました。1年につき1.5%低下したことになりますが、悪くない数字です。

では、中強度で LSDを続けた10名はどうだったのでしょうか。結果は、14%の低下でした。ちょっと待ってください。なぜ、シリアスランナーだった9名よりも体力低下の度合いが少ないのでしょうか。答えは彼らの元の体力レベルにあります。LSD群は10年前、もともと低い数値でスタートしているので、失うものが少ないのです。そして毎年同じ率で下降し続けました。ですから、低下率がシリアスランナーより若干小さかったとしても、体力レベルそのものは、かなり低いのです。

それでは、ペースが遅くトレーニング量も少なかった2名のジョガーはどうだったのでしょうか。この群の VO2maxは平均して -34%と、著しく低下しました。1年あたり3.4%低下したことになります。

この研究からは、年を重ねても体力レベルを維持するには、トレーニングの量と強度の両方が重要だが、強度のほうがより重要だという結論が導きだされます。もしこの結論が真実ならば、我々のトレーニングのありかたについて、重要な意味を持つことになります。つまり、週ごとのトレーニング量(時間あるいは距離)を可能ならば維持し、同時に、練習の強度を重視する、ということです。年を重ねながら、実際にできるでしょうか。答えはイエスです。このあと見ていきましょう。

しかし、その前に、強度の問題についてもう少し詳しく検討しましょう。今のところ、加齢に抗うという面では、量よりも強度を維持することのほうが重要であるという結論になっていますが、その論拠となっているのは、2つの研究のたった2、3名の被験者が出した結果だけです。このことは非常に重要なので、ほかの縦断研究の結果についてもざっと目を通しておきましょう。

ポロック博士の最初の研究が発表されてから、持久系競技のシニア・アスリートを対象とした縦断研究はほかにもいくつか行われました。比較的最近行われたもののうち注目すべき研究が、4つあります。VO2maxをトレーニング量とトレーニング強度との関係から検討した研究です(14)。いずれも、ディルとポロックの研究と同様の結果、つまり、年とともにトレーニング強度を減らすと、確実に VO2maxの低下につながる、という結果が出ました。このあと説明しますが、VO2maxはシニア・アスリートがハイパフォーマンスを生むための鍵の1つです。高強度のトレーニングを続けると、体力の低下は LSDのみ行ったときの、およそ半分になります。

このことから、トレーニングの量も重要ではあるものの、決め手となるのは強度である、ということがわかります。言葉を換えれば、減らすのは、強度よりも量のほうがよい、ということです。シニア・アスリートの多くは、これとまさに逆のことをしています。しかしこのような間違いは、本書で紹介するプログラムにしたがってトレーニングを行えば、避けることができるでしょう。

ごく最近に行われた研究では、非常に考えさせられる結果が出ました(15)。最も活動量の少ないアスリート群が LSDのみを行い、その VO2maxは1年あたり4.6%低下したのです。4.6%とは大きな数字です。しかし、意外な結果もありました。この LSD群の1年あたりの VO2max低下率は、坐業中心の運動をしない群の3倍だったのです。この意外な結果は、ほかの同様の研究によっても確認されました(16)。運動はせず、座っているほうがよいのでしょうか。

答えはノーです。この研究からわかるのは、トレーニングレベルを落とすこと、それも特に強度を落とすことにより、1年あたりに体力が落ちる率は、運動しない人びとよりも高くなる、ということです。なぜなら、スタート地点がはるかに高いからです。運動しない人の体力レベルはすでに最低に近いため、それ以上落ちる余地はあまりありません。反対に、アスリートは比較的高い体力レベルにあるので、動かなくなったり、強度を落としたりすることで体力が低下する余地は大きくなります。繰り返しになりますが、「使わないと、使えなくなる」のです。

これまでに強度の重要性について見てきましたが、それはいくつかの縦断研究の結果により、間接的にわかったことです。強度が大切だという結論は、その数年後、被験者のトレーニングと生活習慣のデータすべてが検討されて初めて確認されたことなのです。要するに、これらの研究はどれも、当初の目的はパフォーマンスに対する強度の影響を解明することではありませんでした。突きとめようとしていたのは、「なぜ」ではなく「なに」だったのです。これらの観察研究は、年齢が上がるにしたがってアスリートに何が起きるのか、という1つの疑問から始まったものでした。そしてその過程で、理由がわかったのです。

もしシニア・アスリートに対する強度の影響だけを調べるなら、違うタイプの研究の結果を検討しなければなりません。つまり、頻度と時間をコントロールし、強度が唯一の可変要素となるようにしなければならないのです。もちろん、これもやはり縦断研究を行う必要があります。長いほどいい、ということです。

しかし、その実施は簡単ではありません。なぜなら研究者はシリアス・アスリートに対し、長期にわたってトレーニング方法を変えてもらわなければならないからです。アスリートというものは年齢に関係なく、トレーニングを変えることには抵抗があるものです。しかし、実際に研究は行われました。ある古典的研究で、運動強度の体力に及ぼす影響が調査されたのです(17)。その研究代表者であるコロラド大学のダグラス・シールズ博士は、高齢者が行う有酸素運動の効果を探求し続けてきた研究者です。これほどの適任者がほかにいるでしょうか。

シールズ博士の研究では、7名の男性と4名の女性(今まで見てきた研究のなかでは、唯一女性が参加した研究です)が参加しました。年齢は61歳から67歳。研究者の指示にしたがい1年間トレーニングを続けました。最初の6ヶ月間は低強度、次の6ヶ月間は、高強度でトレーニングを行いました。練習の頻度(一定期間の回数)、時間(長さ)は、強度に関わらず、1年間一定に設定され、6ヶ月に及ぶ各期間の開始時と終了時に、VO2maxとそのほかのいくつかの体力指標が測定されました。

結果はどうなったでしょうか。低強度のトレーニング期間が終了したあと、 VO2maxは12%上昇しました。非常によい結果です。高強度のトレーニング期間終了後は18%の上昇と、さらによい結果が出たのです。

シールズ博士の研究から得られること。それは、運動はどんなものであっても有益ではあるが、精力的に高強度の運動をすれば、有酸素性の体力を向上させるさらに高い効果がある、ということです。

以上のことから何がわかるでしょうか。今までに紹介した加齢研究のどれもが発する、1つの確固たるメッセージはあるのでしょうか。もちろん、きわめて明確なものがあります。それは、年を重ねてもパフォーマンスを維持するための鍵は、強度にある、というメッセージです。

 

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

※この記事は、『50を過ぎても速く!』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『FAST AFTER 50』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版です。『50を過ぎても速く!』は、アメリカを代表する持久系スポーツコーチであるジョー・フリールが、サイクリスト、ランナー、トライアスリート、水泳選手、スキー選手、ボート選手など、すべての持久系競技のアスリートのために、最新の研究をベースにして、「50歳を過ぎてもレースで力強く走り、健康を維持する方法」をわかりやすく解説した好著です。

※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。

 

■著者:ジョー・フリール(Joe Friel)

ジョー・フリールは、TrainingPeaks.comおよび TrainingBible Coachingの共同創立者です。運動科学の修士号を持つフリールは、1980年から持久系アスリートの指導にあたってきました。彼の教えを受けたのは、自転車、マウンテンバイク、トライアスロン、ランニング、ボート、馬術の選手などであり、年齢もさまざま、初心者からエリートまでとレベルも幅広く、アマチュアもプロもいます。なかにはアイアンマン・レースの優勝者、米国内外のチャンピオン、世界選手権代表、そしてオリンピック代表もいます。

フリールの作品は以下のとおりです。『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『The Mountain Biker's Training Bible』、『Cycling Past 50』、『Going Long』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Your First Triathlon』、『Your Best Triathlon』、『The Power Meter Handbook』、『Precision Heart Rate Training』(寄稿)、『Total Heart Rate Training』『Triathlon Science』(共同編集)。フリールはまた、米国トライアスロン指導者委員会の設立に携わり、会長を2期にわたってつとめました。

そのほか、『Inside Triathlon』、『Velo News』をはじめとする、200を超える雑誌のコラムを執筆するかたわら、米国以外の雑誌やウェブサイトにも頻繁に記事を寄稿しています。持久系競技のトレーニングに関して、さまざまなメディアから意見を求められており、紹介記事が掲載された雑誌は、『Runner's World』、『Outside』、『Triathlete』、『Women's Sports & Fitness』、『Men's Fitness』、『Men's Health』、『American Health』、『Masters Sports』、『Walking』、『Bicycling』といった専門誌から、『The New York Times』、『Vogue』にまで及びます。

フリールはこれまでに、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、太平洋地域でキャンプを主催し、アスリートはもとよりコーチにも、トレーニング、レースについて指導を行っています。また、フィットネス産業や政府機関のアドバイザーとしても活躍しています。

エイジグルーパーとしては、コロラド州マスターズ選手権優勝、ロッキーマウンンテン地区、サウスウェスト地区のデュアスロンエイジ別優勝などの戦績を誇り、全米代表チーム入り、世界選手権出場の経験もあります。現在は、サイクリストとして米国の自転車レースシリーズやタイムトライアルにも参加しています。

 

■訳者:篠原美穂

慶應義塾大学文学部(英米文学専攻)卒業。主な訳書に『アドバンスト・マラソントレーニング』、『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』、『はじめてのウルトラ&トレイルランニング』、『ランニング解剖学第2版』(以上、ベースボール・マガジン社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)などがある。