薬としての運動 ~シニア・アスリートの「ふつうでない生活習慣」には、健康と長寿の秘訣が隠されている~

【立ち読み版】【速くなるためのヒント一覧】2024年6月24日 09:27

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

 

■薬としての運動

あなたがたシニア・アスリートは、なぜいつも体を動かしているのでしょう。加齢の研究者がぜひとも知りたいと思っているのは、その理由です(1)。元気なシニア・アスリートの、ふつうでない生活習慣には、健康と長寿の秘訣が隠されています。たとえば、60歳を過ぎると肥満の人が急激に増えます。しかし、シニア・アスリートは運動をしない同年代の人と比べ、どう見てもたくさん食べていますが、体重は軽いのです。さらにすばらしいのは、冠動脈疾患にかかるリスクがふつうの高齢者よりもはるかに低いことです。また、2型糖尿病になる可能性もきわめて低い。ちなみに2型糖尿病は、不適切な食品の食べ過ぎと運動不足が危険因子であり、21世紀の黒死病ともいわれています。65歳を過ぎて週に3日以上、元気に運動をする人は、全体のわずか13%に過ぎません(2)。いっぽう、あなたがたアスリートは、1日休んだだけでも罪悪感を覚えてしまうのです。

なぜ、あなたは運動をするのですか?何があなたを駆り立てるのでしょう。ゆっくりとロッキングチェアで寛いでいてもいいのに、どうしていつも運動をするのでしょう。あなたがたが、食べるものに気を使い、自ら節制するのはどうしてなのでしょうか。研究者が突きとめたいのは、その、どうして、です。そしてそれを、おそらくは薬というかたちでほかの人に提供したい。なぜなら、そうすることで現代社会が抱える健康問題のすべてを解決できると思えるからです。もちろん、研究者たちはその答えをずっと探し求めています。シニア・アスリートへの聞きとり調査では、運動する理由はさまざまであるということがわかりました。試合で精神を鍛えるため、他人と比べて自分のレベルを知るため、達成感を得るため、健康のため、そして同好の士と交流するためなど、モチベーションはいろいろです(3)。

これをすべて1粒の薬にするのは、難しいでしょう。このなかには、自分にあるものも、ないものもあります。そして大方の人にはありません。だからこそ、アスリートはふつうではないのです。ではなぜ、体を動かすのでしょう。

運動と加齢に関し、科学が今日までに解明したことといえば、高齢者の運動量と早死にするリスク(原因を問わず)は反比例するらしい、ということだけです(4)。要するに、運動をすればするほど、早く死ぬ可能性は低いのです。なかには、具体的な数字を示す研究もあります(5)。運動により1週間に1,000kcal「余分に」消費すれば、早死にするリスクは20%超低下します。1,000kcalは、たいした数値ではありません。1週間に2、3時間運動すれば消費できます。読者の皆さんならば、それよりはるかに多く運動しているでしょう。それでよいのです。より多くカロリーを消費すれば、それだけリスクは減るのです(6)。

もちろん、人生は長ければいいというわけではありません。その質も、長さと同じか、それ以上に重要です。長い時間を寂しく退屈しながら過ごし、たまに体を動かす以外は何もしないという人生は、誰も望んではいません。生活の質とは、アスリートとして競技に参加することだけをいうのではないのです。あらゆる面において、とにかく活動的、積極的であること。これも生活の質につながります。テレビの前で年をとることは、たいていのアスリートにとって、楽しいことには思えないのです。

第1章で紹介した縦断研究は、これらすべてを解明するために行われました。研究者は、加齢とともにアスリートに何が起きるかということを、パフォーマンスの面からだけではなく、体組成、心機能、筋力といった、一般的な健康のものさしを幅広く使って理解しようとしたのです。年を重ねてもハイパフォーマンスを生みだせる理由がわかったのは、その過程でのことだったのです。

いくつかの研究では、マラソンやアイアンマン・レースに頻繁に出場して自分を追い込むといった極端な活動は、心臓に無理な負担をかけることになり、短い種目にたまに出るよりも命を縮める可能性がある、ということが示されています(7)。これはぜひ言っておかなければなりません。しかし、これらの研究、なかでも意図的に選ばれた被験者の正確さについては、疑問はぬぐいきれません(8)。被験者が志願したのは、心疾患のリスクが高いという自覚があったからなのでしょうか。だとしたら、我々に知らされた結果には、バイアスが入っている可能性があります。

ただし、体を休ませ回復させることが必要不可欠である、ということだけはいえます。なにごとにも言えますが、肝心なのは、ほどほど、ということです。それはアスリートの場合、きつい練習やレースの頻度について、慎重かつ現実的に考えることを指します。この問題についてはのちほど検討し、過度な刺激を受けずに最大限の効果を得るトレーニングの組み立て方について掘り下げます。今のところは、きつい運動自体にはもちろん問題はない、ということを頭に入れておいてください。ただし、頻繁に高強度の練習や長時間の練習を行おうとすれば、実際に健康を損ねたり、寿命を縮めたりしかねません。循環器の健康に不安がある人は、検査の必要があるかどうか、医師に相談するとよいでしょう。

 

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

※この記事は、『50を過ぎても速く!』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『FAST AFTER 50』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版です。『50を過ぎても速く!』は、アメリカを代表する持久系スポーツコーチであるジョー・フリールが、サイクリスト、ランナー、トライアスリート、水泳選手、スキー選手、ボート選手など、すべての持久系競技のアスリートのために、最新の研究をベースにして、「50歳を過ぎてもレースで力強く走り、健康を維持する方法」をわかりやすく解説した好著です。

※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。

 

■著者:ジョー・フリール(Joe Friel)

ジョー・フリールは、TrainingPeaks.comおよび TrainingBible Coachingの共同創立者です。運動科学の修士号を持つフリールは、1980年から持久系アスリートの指導にあたってきました。彼の教えを受けたのは、自転車、マウンテンバイク、トライアスロン、ランニング、ボート、馬術の選手などであり、年齢もさまざま、初心者からエリートまでとレベルも幅広く、アマチュアもプロもいます。なかにはアイアンマン・レースの優勝者、米国内外のチャンピオン、世界選手権代表、そしてオリンピック代表もいます。

フリールの作品は以下のとおりです。『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『The Mountain Biker's Training Bible』、『Cycling Past 50』、『Going Long』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Your First Triathlon』、『Your Best Triathlon』、『The Power Meter Handbook』、『Precision Heart Rate Training』(寄稿)、『Total Heart Rate Training』『Triathlon Science』(共同編集)。フリールはまた、米国トライアスロン指導者委員会の設立に携わり、会長を2期にわたってつとめました。

そのほか、『Inside Triathlon』、『Velo News』をはじめとする、200を超える雑誌のコラムを執筆するかたわら、米国以外の雑誌やウェブサイトにも頻繁に記事を寄稿しています。持久系競技のトレーニングに関して、さまざまなメディアから意見を求められており、紹介記事が掲載された雑誌は、『Runner's World』、『Outside』、『Triathlete』、『Women's Sports & Fitness』、『Men's Fitness』、『Men's Health』、『American Health』、『Masters Sports』、『Walking』、『Bicycling』といった専門誌から、『The New York Times』、『Vogue』にまで及びます。

フリールはこれまでに、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、太平洋地域でキャンプを主催し、アスリートはもとよりコーチにも、トレーニング、レースについて指導を行っています。また、フィットネス産業や政府機関のアドバイザーとしても活躍しています。

エイジグルーパーとしては、コロラド州マスターズ選手権優勝、ロッキーマウンンテン地区、サウスウェスト地区のデュアスロンエイジ別優勝などの戦績を誇り、全米代表チーム入り、世界選手権出場の経験もあります。現在は、サイクリストとして米国の自転車レースシリーズやタイムトライアルにも参加しています。

 

■訳者:篠原美穂

慶應義塾大学文学部(英米文学専攻)卒業。主な訳書に『アドバンスト・マラソントレーニング』、『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』、『はじめてのウルトラ&トレイルランニング』、『ランニング解剖学第2版』(以上、ベースボール・マガジン社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)などがある。