テロメア、トレーニング強度、 VO2max、パフォーマンスはすべて何らかのかたちで関連している
■マウスとヒト
今まで見てきたとおり、我々がふつうだと思いこんでいた加齢は、人間にとって、実はまったくふつうではありません。シニア・アスリートがレースのたびに、それを証明してくれています。彼らの多くが、はるかに年下のアスリートをしのぐパフォーマンスを生みだしているのです。それが可能なのは、素質があり、自分を心と体の限界まで追い込み続けているからです。彼らは年齢という数字を、できないことの言い訳にしようとはしません。年をとれば、シニア・アスリートのパフォーマンスも損なわれますが、体を動かさない人の機能的なパフォーマンスの損失に比べれば小さいものです。ほとんどの人は、体を動かし過ぎることによって「すり減っている」のではなく、体を動かさないことによって、「さびついた」状態にあるのです。
激しい運動は、生活の質だけでなく、量、つまり人生の長さを左右します。しかし、それを証明するのは困難です。なぜなら、研究デザインは大学の倫理委員会により、誰が長生きするかを確認するために、被験者の生活習慣を大幅に変えるものであってはならないと規定されているからです。そうなると、健康と寿命に対する運動の効果を調べるには、動物試験をすることになります。これには通常、マウスが用いられます。マウスの寿命は短く、かなり短い期間で加齢の影響を研究できるからです。
このような、マウスを使った加齢と運動に関する試験が、今から2、3年前、カナダ・オンタリオ州ハミルトンのマックマスター大学において行われました(9)。この試験では、老化促進させたマウスを2つの群に分けました。1つの群には運動をさせず、もう1つの群には週に3回トレッドミルで45分ずつ、速めのペースによるランニングをさせました。これは、人間が10kmを50~55分で走る強度に相当します。運動をさせなかった群のマウスは、人間の60歳に相当する8ヶ月になるまでに弱り、色は褪せ、一部は死亡しました。
図2.1は試験をしたマウスの写真です。左側のマウスが運動をしたマウス、右側のマウスが運動をさせなかったマウスで、週齢は同じです(30週)。生理学的な週齢に明らかな違いのあることが見て取れます。
運動をさせなかった群のマウスは月齢12ヶ月になるまでにすべて死亡しました。しかし、同じ月齢でも、運動をした群のマウスは見た目も動きも若さを維持しました。そして1匹も死亡することはありませんでした。
この結果から、運動によってマウスの見かけが若く、寿命も長くなることが分かります。では、人間ではどうなのでしょうか。
■テロメア
老いを測るものさしは、バースデーケーキのロウソクの数以外にもたくさんあります。その1つが、テロメアです。テロメアは DNA鎖の末端部分のふたです。体内の細胞が分裂して新しい細胞が生まれるたびに、テロメアは少しずつ短くなっていきます。テロメアの長さが最短になると、それ以上短くなることはできなくなります。その時点で細胞は分裂しなくなります。これが終わりの始まりの印、セネッセンスといわれるものです。
寿命の予測はテロメアによってかなり正確にできるので、研究者はテロメアを、細胞年齢と生理学的年齢の指標として使っています。これらの年齢と生物学的年齢とのあいだには大きな差が生じることもあります。ある細胞のテロメアが長ければ長いほど、その細胞は若いのです。それには、この世に出現してからの年数は関係ありません。
テロメアの長さは、VO2max、ひいては持久系運動のパフォーマンスとも密接な関係にあります。テロメアが長いほど寿命にもパフォーマンスにもよいのです。では、自分のテロメアはどのくらいの長さなのでしょうか。そして、運動によってテロメアの短縮を遅らせることはできるのでしょうか。
2、3年前、ボウルダーのコロラド大学で行われた研究で、若い被験者(18~32歳)と年配の被験者(55~72歳)のテロメアが測定されました(10)。この2つの群はさらに、運動をしないグループ、持久性運動をするグループの2つのサブグループに分けられ、全部で4つのグループになりました。年配で運動しないグループの被験者と、若く運動しないグループの被験者とを比較したところ、年配被験者のテロメアのほうが16%短いことがわかりました。実際に「古かった」のです。年配の持久性運動をしたグループは、同じく持久性運動をした若いグループに比べ、7%短いだけでした。ということは、年配の持久性運動をしたグループのテロメアは、年配の運動をしなかったグループのテロメアよりも13%長いということになります。テロメアの長さは活動レベルに直接関係するのです。科学ではその理由はわかっていませんが、運動がテロメアの若さを保ち、加齢を遅らせるのです。テロメアと我々は一蓮托生です。運動が本当に強力な薬であることが、あらためてよくわかるというものです。
第1章で紹介した縦断研究からは、トレーニング強度が上がると VO2maxが向上するということもわかります。そしてそれが持久的なパフォーマンスの向上を意味するということも理解できます。テロメア、トレーニング強度、 VO2max、パフォーマンスはすべて何らかのかたちで関連しているのです。ということは、有酸素性の体力が向上すれば、長く生きることができるということになるのでしょうか?その答えは、まだ科学的に完全には解明されていませんが、もう少し詳しく見ていきましょう(11)。
※この記事は、『50を過ぎても速く!』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『FAST AFTER 50』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版です。『50を過ぎても速く!』は、アメリカを代表する持久系スポーツコーチであるジョー・フリールが、サイクリスト、ランナー、トライアスリート、水泳選手、スキー選手、ボート選手など、すべての持久系競技のアスリートのために、最新の研究をベースにして、「50歳を過ぎてもレースで力強く走り、健康を維持する方法」をわかりやすく解説した好著です。
※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。
■著者:ジョー・フリール(Joe Friel)
ジョー・フリールは、TrainingPeaks.comおよび TrainingBible Coachingの共同創立者です。運動科学の修士号を持つフリールは、1980年から持久系アスリートの指導にあたってきました。彼の教えを受けたのは、自転車、マウンテンバイク、トライアスロン、ランニング、ボート、馬術の選手などであり、年齢もさまざま、初心者からエリートまでとレベルも幅広く、アマチュアもプロもいます。なかにはアイアンマン・レースの優勝者、米国内外のチャンピオン、世界選手権代表、そしてオリンピック代表もいます。
フリールの作品は以下のとおりです。『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『The Mountain Biker's Training Bible』、『Cycling Past 50』、『Going Long』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Your First Triathlon』、『Your Best Triathlon』、『The Power Meter Handbook』、『Precision Heart Rate Training』(寄稿)、『Total Heart Rate Training』『Triathlon Science』(共同編集)。フリールはまた、米国トライアスロン指導者委員会の設立に携わり、会長を2期にわたってつとめました。
そのほか、『Inside Triathlon』、『Velo News』をはじめとする、200を超える雑誌のコラムを執筆するかたわら、米国以外の雑誌やウェブサイトにも頻繁に記事を寄稿しています。持久系競技のトレーニングに関して、さまざまなメディアから意見を求められており、紹介記事が掲載された雑誌は、『Runner's World』、『Outside』、『Triathlete』、『Women's Sports & Fitness』、『Men's Fitness』、『Men's Health』、『American Health』、『Masters Sports』、『Walking』、『Bicycling』といった専門誌から、『The New York Times』、『Vogue』にまで及びます。
フリールはこれまでに、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、太平洋地域でキャンプを主催し、アスリートはもとよりコーチにも、トレーニング、レースについて指導を行っています。また、フィットネス産業や政府機関のアドバイザーとしても活躍しています。
エイジグルーパーとしては、コロラド州マスターズ選手権優勝、ロッキーマウンンテン地区、サウスウェスト地区のデュアスロンエイジ別優勝などの戦績を誇り、全米代表チーム入り、世界選手権出場の経験もあります。現在は、サイクリストとして米国の自転車レースシリーズやタイムトライアルにも参加しています。
■訳者:篠原美穂
慶應義塾大学文学部(英米文学専攻)卒業。主な訳書に『アドバンスト・マラソントレーニング』、『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』、『はじめてのウルトラ&トレイルランニング』、『ランニング解剖学第2版』(以上、ベースボール・マガジン社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)などがある。