加齢を遅らせる ~人間が手にすることのできる最も強力なアンチエイジングの「薬」とは?~

【立ち読み版】【速くなるためのヒント一覧】2024年7月16日 12:16

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

 

数年前、ミネソタ州ロチェスターにあるメイヨー・クリニックの研究者たちが、若さを取り戻す革新的な方法を開発しました(24)。もちろん、彼らの研究は年をとったマウスを使って行われたものであり、ベビーブーマーを試験したわけではありません。老化細胞が自滅する、ある薬をマウスに与えたのです。

これらの細胞はテロメアが限界まで短くなっており、完全に老化していました。そして損傷を受けているか、あるいは機能に障害があり、死に近いと思われる状態でした。このような細胞は隣接する細胞に悪影響を及ぼし、その細胞の老化をも促進すると考えられています。研究では、目、筋肉、脂肪の細胞が使われました。すると、ふつうでは考えられないことが起きたのです。老齢のマウスは、まるで若返りの泉の水を飲んでいるかのようでした。目は白内障が進行することもなく、筋肉は劣化が止まり、シワの原因である皮下脂肪の減少は、ストップしたのです。そして、マウス用のトレッドミルの上で走れる時間は格段に伸びました。マウスたちは、若返ったのです。

老化細胞を取り除くことが、老齢化する人間に対するふつうの「治療」になる日が来るとは思えません。しかしこの研究によって、加齢を完全に逆戻りさせることはできなくても、薬の服用により遅らせることがいつか可能になる、という希望が生まれました。

もちろん、アスリートである皆さんは、すでに若返りの泉を探り当て、その水を毎日飲んでいることになります。人間が手にすることのできる最も強力なアンチエイジングの「薬」とは、運動なのです。

確実にわかっているのは、運動は加齢を逆行させることはできないまでも、遅らせることはできる、ということです。第1章では、ある縦断研究でランナーがどうなったかを見てきました。それと根本は同じです。身体機能のパフォーマンスは年齢を教えてくれるのです。助けを借りずに椅子から立ち上がることであれ、10kmを走ることであれ、運動は自分が実際には何歳なのかを知る、よい手がかりとなります。運動をすることにより、テロメアは、ふつうの人ほど速く短縮しにくくなるのです。ではそのプロセスを見ていきましょう。

 

■幹細胞

細胞が加齢によって劣化する詳しいプロセスは、完全にはわかっていません。しかし、炎症、外傷、疾病が関与していることは確かだといえます。不活動も、劣化の理由の1つです。おそらく先進諸国では、この体を動かさないこと―不活動が最も大きな理由でしょう。細胞は不活動により、どのようにして劣化するのでしょうか。その答えは幹細胞にあると考えられます。幹細胞はきわめて微小な細胞小器官であり、筋細胞が何らかのかたちで損傷を受けると作動し、修復を始めます。

若い人の筋肉には、多くの幹細胞が存在します。通常の加齢プロセスではこれらの幹細胞が死滅し、サルコペニア、つまり筋肉減少にいたります。筋肉は維持されなくなるのです。しかし、テルアビブ大学の研究では、運動が幹細胞の生命と機能を保つ鍵であることが示されました(25)。

この研究では、運動をさせてこなかった月齢の異なるラットの群を、13週間、毎日20分間ずつトレッドミルで走らせました。対象群のラットは、運動をしないまま過ごしました。したがって対象群のラットの筋肉は、ほぼ使われなかったことになります。運動によりラットの筋細胞は増加し、月齢に応じた量となりました。ここまでは、今まで紹介してきた研究から想像がつくでしょう。しかし、その様相は、皆さんが予想するものとは違ったのです。若いラットは、修復に使われる幹細胞が20~35%増加しました。しかし、老いたラットの幹細胞は33~47%増加と、さらに高い伸び率を示しました。そうです。幹細胞の増加率は、若いラットよりも老いたラットのほうが高かったのです。いっぽう、運動をしなかったラットは、ゴロゴロする、食べる、寝る、という生活を送った結果、幹細胞は月齢とともに減少しました。

皆さんは、この章に書かれていることはラットにとって都合のよいことばかりであり、人間とは違うのだと思っているかもしれません。確かにそうです。若干違います。しかし、人間に持久性運動と筋力トレーニングをさせた研究では、動いた筋肉を取り囲む組織のなかで次々に分子が発生し、それが幹細胞の活性を上昇させたことが示されています(26)。ですから、運動効果が現れるのは、ラットやマウスの筋肉だけではないのです。それだけではありません。このような、人間を対象にした研究により、のろのろとした低強度の運動よりも高強度の運動のほうが、運動効果が高いことが示されました(27)。これは若い人だけではなく、シニアにもいえることです(28)。

高強度の運動の効果については、どこかで説明しました。ランナーを対象にした縦断研究を覚えていますか?この研究では、ランナーが行う運動の強度が高いほど、その体力の低下する速度は遅くなりました。もしかしたら、それは幹細胞が筋肉を再生していたからなのでしょうか。それも確かにありえます。しかし、幹細胞が関係しているという確たる証拠がなくても、運動によって筋肉の状態が改善し、実年齢よりも若いままでいられるという事実が、何よりの証明です。運動は、加齢のスピードを遅らせるのです。

 

■沖縄の人びと

もしかしたら、加齢を遅らす方法は運動のほかにもあるのではないでしょうか。100歳まで生きた人のインタビュー記事を読むと、こうしたスーパーシニアが語る長寿の理由がさまざまに異なっていることがわかります。1日1本必ずタバコを吸う人もいれば、タバコには触れたこともない人もいます。また、マリファナでも吸う人と吸わない人がいますし、お酒もたくさん飲む人と1滴も飲まない人がいます。体をよく動かす人と腰かけたまま動かない人、という違いもあります。このような記事は、読むのは楽しいのですが、さて自分の生活はどうするのかとなると、たいして役に立ちません。

長寿につながるものを見つけるには、もっと確かな方法があります。それは、高齢者を数多く調査し、その生活習慣から遺伝的特質以外の共通点を見つけることです。このような運動以外のファクターは、効果では運動に及びません。今まで説明してきたとおり、おそらく運動は、現在考えられるアンチエイジングの方法として最も有効だからです。しかし、生活習慣を1つか2つ変えるだけで、加齢をさらに遅らせることはできるかもしれません。加齢を遅らせるということは、さらに健康に、そしてさらに活動的に過ごす期間を延ばすということです。おそらくセンテナリアン(100歳程度の人)の生活習慣を調査すれば、小さな若返りの泉をさらに1つや2つ見つけることができるでしょう。もちろん、長寿という当たりくじを引き当て、よい親に恵まれただけ、という人もいるでしょう。しかし、長生きをしている人びとには、何かしら共通点があるとも考えられます。そしてその共通点のおかげで若さを分子レベルで保つことができるのでしょう。つまりテロメアが長く、幹細胞の数が多いという状態です。

実は、こうした研究のいくつかは日本の沖縄で行われました。昔から沖縄の人びとは長寿でした。先進国では、100年以上生きる人は10万人に10~20人であるのがふつうですが、沖縄ではその倍以上、つまり10万人に40~50人、センテナリアンがいます(29)。世界中のどこよりも多い数字です。

これは単に遺伝の話で片づけられるのでしょうか。それとも、沖縄の生活習慣も影響しているのでしょうか。生まれと育ち、どちらなのでしょう。その答えはきっと意外なものだと思います。

沖縄は、日本と台湾のちょうど中ほどの、太平洋に浮かぶ小さな島です。そのロケーションのおかげで、何世紀ものあいだ、外部からの侵入を防ぎ住民を守ってきました。そして先祖伝来の生活習慣を維持することもできたのです。しかし、第二次大戦がそれを変えてしまいました。沖縄は日本で唯一、地上戦が行われた場所です。1945年春、米軍は水陸両用作戦による沖縄攻撃を開始しました。太平洋上最大となったこの戦いは82日間続き、その人口の、3分の1の命が失われました。ご想像のとおり、この戦争で沖縄の人びとの生活習慣は大幅に変わりました。特に大きく変わったのは、戦後に米軍基地ができたあとです。沖縄の生活習慣は「西洋化」しました。明らかに変わったのは、身体活動と食事です。

戦前、沖縄のセンテナリアンの長寿を可能にしていたのは、親から受けついだものだけでなく(それもすばらしいですが)、肉体労働とよく歩く生活でした。米軍に占領される前、沖縄には車はほとんど走っていませんでした。そして伝統的な沖縄料理には、豚肉や鮮魚のほか野菜がふんだんに使われ、砂糖やその他高度に精製された炭水化物が含まれることは非常に少なかったのです(30)。日本の本土に比べ、沖縄では米などの穀物を食べることが少なく、その代わりにサツマイモを多く食べていました(31)。さらに、沖縄には古来、食欲を満たすに足るだけの量を食べる、という習慣がありました。これは、食事は満腹の80%にとどめるという伝統で、「腹八分目」という言葉で知られています。糖分は少なく、タンパク質、体によい油、食物繊維は多く、という食事がこの「節食」を可能にしたのです。なぜならこうした食品は食欲をすみやかに満たしてくれるからです。事実、いくつかの調査では、カロリー制限によって動物の寿命が長くなる可能性のあること、そして人間の寿命にもよい影響があることが示されています(32)。

すべてが変わり始めたのは、1976年、マクドナルドの沖縄第1号店がオープンしてからです(33)。今日、ファストフード業界は数多くの店舗を抱え、活況を呈しています。最近の沖縄の食事はアメリカと変わりません。ハンバーガー、フライドポテトにジュースという食事が一般的なのです。日用品を買いに店から店へと足を運ぶこともなくなりました。いたるところにショッピングモールがあり、車でさっと行けるのです。かつて日本人のなかで最もやせていた人びとは今や肥満度でトップクラスになり、そして長寿の世界ランキングも急降下しています。米国と同様、沖縄でもセンテナリアンは珍しい存在になってきているのです。

研究によってわかったことはほかにもあります。それは、若者が島を離れるとき(これも戦後に強まった傾向です)などに、祖先伝来のものとはまったく異なる欧米式の食事や生活習慣に変えてしまい、寿命が短くなっているということです(34)。よい遺伝子も生活習慣によって台無しになるのは、明らかです。

それでは、遺伝的に恵まれている沖縄の人びとの健康と寿命が変化した原因は、運動不足、食の欧米化、過食のどれなのでしょうか。残念ながら今のところ科学では、それぞれを切り離して検討し、どのくらいその変化に影響したのかを突きとめることはできません。しかし学べることもあります。繰り返し強調しますが、運動は強度に関係なく、長寿につながります。誰もが知る、実証しつくされたことです。しかし、沖縄の話には、ほかにも受けとるべきメッセージがあります。第8章で詳しく検討しますが、食事も健康と長寿に大いに関係があるということです。過食も無関係ではないでしょう。このメッセージのなかに目新しいことは何一つないように思えますが、これから説明することの土台になることです。年齢に応じた食事がいかにパフォーマンスアップに役立つか、この考えを基盤として、のちほど検討していきます。

 

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

※この記事は、『50を過ぎても速く!』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『FAST AFTER 50』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版です。『50を過ぎても速く!』は、アメリカを代表する持久系スポーツコーチであるジョー・フリールが、サイクリスト、ランナー、トライアスリート、水泳選手、スキー選手、ボート選手など、すべての持久系競技のアスリートのために、最新の研究をベースにして、「50歳を過ぎてもレースで力強く走り、健康を維持する方法」をわかりやすく解説した好著です。

※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。

 

■著者:ジョー・フリール(Joe Friel)

ジョー・フリールは、TrainingPeaks.comおよび TrainingBible Coachingの共同創立者です。運動科学の修士号を持つフリールは、1980年から持久系アスリートの指導にあたってきました。彼の教えを受けたのは、自転車、マウンテンバイク、トライアスロン、ランニング、ボート、馬術の選手などであり、年齢もさまざま、初心者からエリートまでとレベルも幅広く、アマチュアもプロもいます。なかにはアイアンマン・レースの優勝者、米国内外のチャンピオン、世界選手権代表、そしてオリンピック代表もいます。

フリールの作品は以下のとおりです。『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『The Mountain Biker's Training Bible』、『Cycling Past 50』、『Going Long』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Your First Triathlon』、『Your Best Triathlon』、『The Power Meter Handbook』、『Precision Heart Rate Training』(寄稿)、『Total Heart Rate Training』『Triathlon Science』(共同編集)。フリールはまた、米国トライアスロン指導者委員会の設立に携わり、会長を2期にわたってつとめました。

そのほか、『Inside Triathlon』、『Velo News』をはじめとする、200を超える雑誌のコラムを執筆するかたわら、米国以外の雑誌やウェブサイトにも頻繁に記事を寄稿しています。持久系競技のトレーニングに関して、さまざまなメディアから意見を求められており、紹介記事が掲載された雑誌は、『Runner's World』、『Outside』、『Triathlete』、『Women's Sports & Fitness』、『Men's Fitness』、『Men's Health』、『American Health』、『Masters Sports』、『Walking』、『Bicycling』といった専門誌から、『The New York Times』、『Vogue』にまで及びます。

フリールはこれまでに、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、太平洋地域でキャンプを主催し、アスリートはもとよりコーチにも、トレーニング、レースについて指導を行っています。また、フィットネス産業や政府機関のアドバイザーとしても活躍しています。

エイジグルーパーとしては、コロラド州マスターズ選手権優勝、ロッキーマウンンテン地区、サウスウェスト地区のデュアスロンエイジ別優勝などの戦績を誇り、全米代表チーム入り、世界選手権出場の経験もあります。現在は、サイクリストとして米国の自転車レースシリーズやタイムトライアルにも参加しています。

 

■訳者:篠原美穂

慶應義塾大学文学部(英米文学専攻)卒業。主な訳書に『アドバンスト・マラソントレーニング』、『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』、『はじめてのウルトラ&トレイルランニング』、『ランニング解剖学第2版』(以上、ベースボール・マガジン社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)などがある。