加齢によるリミッターの「ビッグ3」とは?

【立ち読み版】【速くなるためのヒント一覧】2024年7月30日 11:50

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

 

1984年、ロサンゼルスオリンピックの男子マラソンでは、ポルトガルのカルロス・ロペスがオリンピック記録の2時間9分21秒で走り、ゴールドメダルに輝きました。当時38歳だったロペスは、オリンピック男子マラソン史上、最高齢の優勝者という記録も同時に打ちたてました。そしてこの記録は未だに破られていません。偶然にも、オリンピック女子マラソンのゴールドメダル最高齢記録も38歳です。これは2008年、北京オリンピックでルーマニアのコンスタンティナ・ディタが2時間26分44秒で走り優勝したときに作ったものです。この2つの記録は、すぐに破られそうにもありません。なぜなら、オリンピックにおける歴代マラソン優勝者の年齢は、だいたい25歳から35歳までだからです。

優勝者が若いのは、何もオリンピックに限ったことではありません。過去10年間、ワールド・マラソン・メジャーズ(シカゴ、ロンドン、ニューヨーク、ベルリン、ボストン)とオリンピック、世界選手権の男女トップ5は、全員28歳から30歳でした(1)。

いっぽう、トラック・フィールド競技では、42歳がオリンピックゴールドメダリストの最高齢です。これは1920年、アントワープオリンピックで米国のハンマー投げ選手、パトリック・マクドナルドが優勝したときの年齢です。持久系競技全体では、ドイツのサビーネ・シュピッツがオリンピック最高齢メダリストです。シュピッツは40歳で2012年ロンドンオリンピックの女子マウンテンバイク・クロスカントリーで銀メダルを獲得しました。また、トラック競技のオリンピック最高齢ゴールドメダリストは、1920年アントワープオリンピックの1,500mを制した英国のランナー、アルバート・ヒルです。当時彼は31歳でした。

要するに、オリンピック、世界選手権、あるいはその他の世界的な持久系競技の大会で、50歳以上の選手が何人も表彰台に立つということは、期待できないということです。40歳前後の選手でも、勝てる見込みはあまりありません。ゴールドメダルは、たいてい30歳前後の選手の手にわたるのです。

もしあなたが10年以上、同じ競技のトレーニングをシリアス・アスリートとして続けているなら、すでに自分でこの衰えを実感しているでしょう。しかし競技年数が片手で足りるぐらいならば、若いアスリートと比べても、レースパフォーマンスを伸ばせる可能性がまだあります。50代ならばなおさらです。持久系アスリートがその潜在能力を発揮し始めるまでには、集中的な一貫したトレーニングを始めてから数年がかかるのです。そしてそれは年齢に関係ありません。

第2章では、最終的にパフォーマンスの低下につながるものとして、テロメアの短縮と幹細胞の減少という、遺伝子が関わる細胞の変化を挙げました。それとともに、まだ実証がなされてはいませんが、加齢の原因に関する説をいくつか紹介しました。その一例が、現在よく知られているフリーラジカル説です。加齢のプロセスは、こうした現象、説により説明がつきます。第2章ではこのほか、運動がエイジングを遅らせるのに重要な役割を果たすことを学びました。今まであなたを作り上げ、そして今なお作り続けているのは、加齢という自然のプロセス(そのすべてはわかっていませんが)と、自ら選択したアスリートとしての生活習慣です。あなたという個人を決定するこの2つのファクター、つまり遺伝と生活習慣は、よく「生まれ」と「育ち」と表現されます。この2つは、もちろん両方とも重要です。しかしパフォーマンス能力を失う(あるいは得る)速さに関して大きな意味を持つのは、この2つのうちどちらなのでしょうか。

年とともにパフォーマンスが低下することの主な理由が「育ち」にあり、「生まれ」の影響は少ないとする考え方は理にかなっています。これは一般的な考え方とは矛盾します。世間では、加齢という変化は、決められたペースで生じ、避けて通ることも、手を施すこともまったくできないものだと考えられているからです。このような考えでは、打つ手なしに簡単に諦めることになってしまいます。

「生まれ」の影響が小さい、とは言いません。むしろまったく違います。しかし、活動的な生活習慣、特にきつい運動(高強度トレーニングと表現してきました)は、生理的に大きく影響し、加齢やパフォーマンス低下を寄せ付けないパワーを持っています。これは第1章で紹介した縦断研究で見てきたことです。この研究では、トレーニング強度を落とすと、アスリートのパフォーマンスにつながる生理に著しい変化が生じました。また、生活習慣が活動的でなくなることは、沖縄の人びとの寿命が短くなった原因の1つと考えられます(食生活の変化も後天的な変化要因の1つであり、寿命が短くなった一因でしょう)。

スポーツと加齢を研究する研究者のなかには、「育ち」のウエイトが大きいと見る向きもあります。なぜなら、年をとるごとに、運動習慣(育ち)が、持って生まれた遺伝的体質(生まれ)の現れ方に対し、大きな影響を及ぼすようになると思われるからです(2)。育ちと生まれの比は60対40、あるいは70対30とも考えられます。言い換えれば、パフォーマンス低下のうち60~70%は、トレーニングの変化が原因と考えられ(おそらく生活習慣全般の影響もあります)、生理学的な老化による低下は30~40%に過ぎない、ということです。

そう考えると、いちばんの問題は、大きなウエイトを占める「育ち」を適切なものにし、50を過ぎてもスピードを維持するには何が必要なのか、ということになります。その答えは高強度トレーニングにあると私は固く信じています。そしてこれから着目するのは、トレーニングのタイプです。しかし、ほかにも検討すべき要素がありますので、それに関しては第4章から第8章で取り上げます。どうしたらスピードを維持し、そして競技力を失わずにいられるか、という我々の根本的な疑問に対する答えがほかにあるのかどうか、それぞれのケースで探っていきます。

しかし、その前に目の前の問題を十分に理解することが必要です。生涯アスリートである我々には、賢いレースプランを立てることがいかに重要か、わかっています。コースのどこに上り坂があり、どんな障害が待ちうけているのか、そして勝負どころはどこになるのか、ということがわかっていれば、よりよいプランを立てることができます。そしてそれこそが、我々がゴールに近づく方法なのです。

したがって、年をとると肉体的なパフォーマンスの何が変わるのか、ということが、プランを立てるうえでの最初の問題になります。しかし、それは自分にしかわかりません。たいていのシニア・アスリートが経験することであれば、研究によってわかりますが、それがすべて自分にあてはまるとは限らないのです。統計上は、シニア・アスリートの弱点に該当するが、自分のパフォーマンスのマイナスにはならない。そのようなことを鍛えるのはナンセンスです。我々のゴールとは、ほかの誰でもない自分のパフォーマンスを高めていくことなのです。

この問題に取り組むにあたり、いちばん重要だと思われるのは、自分の足を引っ張っているもの、つまり自分の専門種目を行ううえでの弱点が何かを見つけることです(いくつかの弱点、と複数形にしたほうがよいかもしれません)。私はこの弱点のことを「リミッター」と呼んでいます。このリミッターという言葉は、あくまでその競技に関する弱点です。弱点すべてがリミッターなのではありません。たとえば、非常に長い距離は苦手だが、短い距離は得意だという場合、持久力が弱点だと思われますが、それがリミッターであるとは限りません。長い距離に対応する力がなくても、自分の専門がマラソンやウルトラマラソンではなく1マイル(約1.6km)や5kmであれば、足かせにはならないのです。

リミッターを生む要素は、生活のあらゆる場面に存在します。トレーニング時間、食事、睡眠時間、回復の早さのほか、多くのことが考えられます。こうした個々の潜在的なリミッターについては以降の章で検討します。今ここでは、トレーニングと生活習慣のなかで、持久系競技のパフォーマンスを阻害する可能性の大きい問題に焦点を絞ります。本章の目的は、自分固有の生理学的リミッターが何かを見極めることにあります。

パフォーマンスに関わる変化のなかでも、ほぼすべてのシニア・アスリートに共通するものを、私は加齢によるリミッターの「ビッグ3」と呼んでいます。それは、

 

  • VO2maxの低下
  • 体脂肪の増加
  • 筋肉の減少

 

です。

ここではまだ解決策に触れません。このビッグ3のすべてが本当にあてはまる場合、その状況がどういうことか、そして自分の体はどうなっていくのか。それをとにかく理解することです。この先を読み進んでいき、書かれていることが自分の身に起きていることと同じかどうか、見極めなければいけません。今読んでいることは本当に自分のリミッターだろうか。もしそうならば、それをよく理解すること。もしそうでないなら、安心して次に進むこと。

ビッグ3以外にもリミッターと思われることはありますが、それについては本章の最後で取り上げます。自分のパフォーマンスの邪魔になっているものは何か?本章を読み終えるころには、シニア・アスリートにとってきわめて重要なこの問いに、答えが出せるようになっているはずです。

 

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

※この記事は、『50を過ぎても速く!』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『FAST AFTER 50』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版です。『50を過ぎても速く!』は、アメリカを代表する持久系スポーツコーチであるジョー・フリールが、サイクリスト、ランナー、トライアスリート、水泳選手、スキー選手、ボート選手など、すべての持久系競技のアスリートのために、最新の研究をベースにして、「50歳を過ぎてもレースで力強く走り、健康を維持する方法」をわかりやすく解説した好著です。

※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。

 

■著者:ジョー・フリール(Joe Friel)

ジョー・フリールは、TrainingPeaks.comおよび TrainingBible Coachingの共同創立者です。運動科学の修士号を持つフリールは、1980年から持久系アスリートの指導にあたってきました。彼の教えを受けたのは、自転車、マウンテンバイク、トライアスロン、ランニング、ボート、馬術の選手などであり、年齢もさまざま、初心者からエリートまでとレベルも幅広く、アマチュアもプロもいます。なかにはアイアンマン・レースの優勝者、米国内外のチャンピオン、世界選手権代表、そしてオリンピック代表もいます。

フリールの作品は以下のとおりです。『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『The Mountain Biker's Training Bible』、『Cycling Past 50』、『Going Long』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Your First Triathlon』、『Your Best Triathlon』、『The Power Meter Handbook』、『Precision Heart Rate Training』(寄稿)、『Total Heart Rate Training』『Triathlon Science』(共同編集)。フリールはまた、米国トライアスロン指導者委員会の設立に携わり、会長を2期にわたってつとめました。

そのほか、『Inside Triathlon』、『Velo News』をはじめとする、200を超える雑誌のコラムを執筆するかたわら、米国以外の雑誌やウェブサイトにも頻繁に記事を寄稿しています。持久系競技のトレーニングに関して、さまざまなメディアから意見を求められており、紹介記事が掲載された雑誌は、『Runner's World』、『Outside』、『Triathlete』、『Women's Sports & Fitness』、『Men's Fitness』、『Men's Health』、『American Health』、『Masters Sports』、『Walking』、『Bicycling』といった専門誌から、『The New York Times』、『Vogue』にまで及びます。

フリールはこれまでに、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、太平洋地域でキャンプを主催し、アスリートはもとよりコーチにも、トレーニング、レースについて指導を行っています。また、フィットネス産業や政府機関のアドバイザーとしても活躍しています。

エイジグルーパーとしては、コロラド州マスターズ選手権優勝、ロッキーマウンンテン地区、サウスウェスト地区のデュアスロンエイジ別優勝などの戦績を誇り、全米代表チーム入り、世界選手権出場の経験もあります。現在は、サイクリストとして米国の自転車レースシリーズやタイムトライアルにも参加しています。

 

■訳者:篠原美穂

慶應義塾大学文学部(英米文学専攻)卒業。主な訳書に『アドバンスト・マラソントレーニング』、『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』、『はじめてのウルトラ&トレイルランニング』、『ランニング解剖学第2版』(以上、ベースボール・マガジン社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)などがある。