体力(フィットネス)とは何か? ~エコノミー~

【立ち読み版】【速くなるためのヒント一覧】2024年8月19日 08:58

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

 

■エコノミー

3つある生理学的な体力のものさしの3番目は、エコノミーです。エコノミーは VO2maxや LTほどよく知られてはいませんが、この3つのなかで最も重要だともいえます。エコノミーは、運動中、どれだけ効率的に酸素を使えるかということに関係しています。

最大酸素摂取量(VO2max)の項でも説明しましたが、運動中に酸素量を測定すると、エネルギー消費量を測定することになります。なぜなら酸素と蓄えられた燃料(主に脂肪またはグリコーゲン)の両方が、筋肉の動力供給源として必要になるからです。これは、測定するものが違うだけで、自動車の働きに似ています。自動車は、酸素と蓄えられた燃料(タンクのなかのガソリン)を混ぜ合わせてエンジンを動かしています。自動車の効率を計算するには、消費した酸素ではなく燃焼したガソリンの量を測定します。なぜなら、ガソリンの測定は簡単だからです。人間の体内では、運動に使われた脂肪とグリコーゲンを測定するのは容易ではありませんが、酸素摂取量を測定することは比較的やさしいので、人間のエンジンテストに使われるのです。

さらに、自動車と同じく人間の体にもエコノミーを測るものさしがあります。自動車では燃費(MPG)と言います。人間では、1分あたり酸素消費量として表されます。これは、VO2maxを算出する計算式から体重の分を除いただけに過ぎません。最大下強度の一定ペースあるいは一定パワーの1分間に消費された酸素量が少ないほど、エコノミーが優れているということになります。そして、エコノミーが優れていればいるほど、体を動かすのに必要なエネルギー(脂肪とグリコーゲン)は少なくて済むのです。たとえば、100m走をするのであれば、エネルギーの温存は大きな問題にはなりません。そのような短い時間に必要なエネルギーは、十分に蓄えられているからです。しかし、マラソンやアイアンマン、自転車やスキーの160マイル(約257km)レースでは、エコノミーは大問題です。これは疲労耐性に関係があります。このような長い距離では、エネルギーを無駄に使ってはなりません。

VO2maxが低くても、エコノミーが優れていれば、よい成績を収められるということはありえます。1970年代のマラソンランナー、フランク・ショーターはそのよい例です。ショーターの VO2maxは72であったといわれています。VO2maxの説明を思い出せばわかると思いますが、この値は世界クラスの男子選手としては、かなり低い値です。男子のトップランナーはほとんどが70台後半であり、80台あるいはそれ以上の人もいます。しかしショーターは、1972年のオリンピックで金メダルを獲得し、1976年のオリンピックでも銀メダルに輝きました(しかもそのときに優勝した東ドイツのワルデマール・チェルピンスキーは、のちにドーピングが疑われました。ですからショーターには金メダルを獲得する力はおそらくあったはずです)。1971年から1976年まで、ショーターは毎年マラソン世界ランキングにおいて1位ないし2位の位置にいました。彼はその競技人生において、ビッグレースを何度も制しました。そのなかには、当時世界で最も格式の高い大会と位置づけられていた福岡国際マラソンの4連覇も含まれます。ショーターは、研究対象となったランナーのなかで、最もエコノミーに優れているランナーの1人です(11)。彼はその「低い」VO2maxをフルに使うことができました。とにかく、エネルギーをまったく無駄にしなかったからです。

VO2maxに遺伝的な要素があるのと同じように、エコノミーもある程度、両親によって決まってしまう面があります(12)。たとえば、背が高く長い腕と大きな手足を持っていれば、水泳のエコノミーがよくなることははっきりしています(マイケル・フェルプスを思い浮かべてください)。自転車では、大腿骨が脚全体に対して長いこと、ランニングでは小柄かつ脛骨の長いこと(ランニング界を席巻しているケニア人のように)が、よいエコノミーをもたらします。

さらに持久系競技では、一般的に言って遅筋線維の割合が多いとエコノミーはよくなります。筋細胞内でエネルギーを生みだす、小さな発電所であるミトコンドリアの数も重要です。これらはすべて、自分でコントロールすることがほとんど、あるいはまったくできないことですが、1分間あたりの酸素消費量には大きく影響します。

年齢もエコノミーに影響します。子供は大人ほどエコノミーが優れていませんが、年を重ねるうちに、エコノミーは向上します(13)。同じように、1つの競技のトレーニングに本気で取り組む期間が長いほど、よりエコノミーが改善する確率は高くなります。その大きな理由は、エネルギーを温存するように体が適応することにあります。ここからわかることはみな同じです。つまり、パフォーマンス予測という意味では、加齢と経験が実際にプラスに働くこともあるということです。我々年寄りにとってこれは朗報です。

こうしたことを考えると、何を変えればエコノミーが改善し、1分あたりの酸素消費量が減るのでしょうか。おそらくアスリートにいちばん共通する要素は、技術です。エネルギーの無駄使いを減らすためには、動き方を変えるというのも1つの手です。しかし、その手を使おうと思ったら、知っておくべきことがあります。それは、今の自分の技術をいくつか変えた場合、ある期間、効率が落ちるということです。これは、一定ペースあるいは一定パワーで運動しているときに、通常よりも心拍数が高くなったり、いくらか呼吸が荒くなったりするというかたちで現れます。そして、新しい技術をものにするまでは、数ヶ月とはいかないまでも、数週間かかることもあります。それを過ぎれば、以前と同じ心拍数でも速くなっているはずです。

しかし、そうなるとも限りません。技術をエコノミーの指針として習得しようとする場合、1つはっきりしているのは、エコノミーだけではパフォーマンス向上は期待できない、ということです。エコノミーの向上を予期してアスリートにランニング技術を変えさせる研究では、パフォーマンスに何の改善も見られないことが多々あります。短期的に向上したとしても、長期的にはエコノミーが低下することもあります(14)。ことほどさように、エコノミーは研究者にとって、未だに大きな謎なのです。

しかし、ほぼすべての持久系競技に共通してエコノミーにプラスとなる要素はあります。そのうちの1つは過剰体重を減らすこと、そして機材の軽量化です。バイオメカニクスの研究では、ランニングシューズが100g重くなるたび、ランニングに必要な酸素消費量が1~2%程度増すということが示されました(15)。ほかにもいくつか、競技ごとにそれぞれエコノミーを上げるものがあります。おそらく最もよく知られているのは、自転車のタイムトライアルやトライアスロンで使うエアロバーをはじめとした、エアロダイナミック形状の機材(ホイール、ヘルメット、バイクフレームなど)でしょう。

水泳選手の場合は、肩、膝、足首の柔軟性が増すことで、エコノミーも向上します。特につま先を伸ばす能力は重要です(16)。おもしろいことにランナーの場合は、我々の想像とは反対に足首は柔軟でないほうが、エコノミーに優れた走り方になるという研究結果が出ています。ふくらはぎの筋肉にはエネルギーが蓄えられていますが、離地するごとに放出されるエネルギー量が増えるというのが、その理由です(17)。エコノミーに関しては、改善をもたらすと考えられる研究結果が我々の感覚とそぐわない、ということがよくあります。

トレーニングの3つの要素である、時間、強度、頻度のなかで、最もエコノミーの向上につながらないと多くの人が考えているのは、時間です。疲労するまで長い時間トレーニングを行うと、技術が崩れ、その結果エコノミーが低下することも少なくありません。頻度と強度に関しては、科学的に証明されてはいないものの、時間よりははるかに効果があると考えられます。頻度の点では、1回の練習時間は短くても頻繁に練習することが、技術ひいてはエコノミーを向上させる方法として考えられます。たとえば、時間のないアスリートが、1週間に2時間だけトレーニングできるとしたら、エコノミーの向上を狙うには、1週間に4回、30分ずつに分けて練習を行うことです。

このようなトレーニングは持久系競技に最適とはいえませんが、1時間の練習を2回に分けて行うよりは、エコノミーを早く向上させることができるでしょう。いくつかの研究では、エコノミー向上のためには、高強度トレーニングのほうが低強度トレーニングよりも効果的である、と示されています(18)。エコノミーを向上させる(そして、それを維持させる)ためには、高強度の練習を入れながら、頻繁に練習をすることです。もちろん、読者の皆さんはすでに頻繁に練習しているかもしれませんし、強度とはあくまで1つのツールです。これについては、後半でも何度か取り上げます。

効果的だと思われるトレーニング方法はいくつかあります。たとえば、プライオメトリックトレーニングを行うと、ランニングと自転車でエコノミーが向上することが示されています(19)。プライオメトリクストレーニングには、ジャンプ、バウンディング、ホッピングのドリルなどがあります。従来のウエイトを使った筋力トレーニングについては、エコノミーが向上するか否か、議論が未だに分かれています(20)・(21)。私自身、筋力トレーニングはエコノミーの向上につながると考えていますが、すべてのアスリートに通用するとは思いません。最初は筋力が十分になかったのに、冬のあいだウエイトトレーニングをしたらパフォーマンスが目覚しく向上したという選手を、私は長年にわたって数多く見てきました。ただしこの場合、筋力トレーニングとは、専門とする競技の動きを忠実に真似たものです(この件については、第4章で掘り下げます)。

興味深いのは、非常に高い VO2max、優れたエコノミーという、2つの要素をあわせ持ったアスリートがいないということです。少なくとも研究対象となったエリートでは、今のところ報告されていません。被験者となったアスリートは数多くいたにも関わらずです(22)。彼らエリートも、そしておそらく我々も、優れた生理学的素質を持っているとすれば、VO2maxかもしくはエコノミーのどちらかであって、その両方ではないのです。だからこそ、フランク・ショーターのような人がいるわけです。そしておそらくあなたもそうなのです。この2つの体力指標のどちらかが、もう片方よりもはるかに優れているという可能性は大いにあります。しかしその理由はわかっていません。エコノミーにまつわる、第2の謎、なのです。

 

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

※この記事は、『50を過ぎても速く!』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『FAST AFTER 50』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版です。『50を過ぎても速く!』は、アメリカを代表する持久系スポーツコーチであるジョー・フリールが、サイクリスト、ランナー、トライアスリート、水泳選手、スキー選手、ボート選手など、すべての持久系競技のアスリートのために、最新の研究をベースにして、「50歳を過ぎてもレースで力強く走り、健康を維持する方法」をわかりやすく解説した好著です。

※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。

 

■著者:ジョー・フリール(Joe Friel)

ジョー・フリールは、TrainingPeaks.comおよび TrainingBible Coachingの共同創立者です。運動科学の修士号を持つフリールは、1980年から持久系アスリートの指導にあたってきました。彼の教えを受けたのは、自転車、マウンテンバイク、トライアスロン、ランニング、ボート、馬術の選手などであり、年齢もさまざま、初心者からエリートまでとレベルも幅広く、アマチュアもプロもいます。なかにはアイアンマン・レースの優勝者、米国内外のチャンピオン、世界選手権代表、そしてオリンピック代表もいます。

フリールの作品は以下のとおりです。『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『The Mountain Biker's Training Bible』、『Cycling Past 50』、『Going Long』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Your First Triathlon』、『Your Best Triathlon』、『The Power Meter Handbook』、『Precision Heart Rate Training』(寄稿)、『Total Heart Rate Training』『Triathlon Science』(共同編集)。フリールはまた、米国トライアスロン指導者委員会の設立に携わり、会長を2期にわたってつとめました。

そのほか、『Inside Triathlon』、『Velo News』をはじめとする、200を超える雑誌のコラムを執筆するかたわら、米国以外の雑誌やウェブサイトにも頻繁に記事を寄稿しています。持久系競技のトレーニングに関して、さまざまなメディアから意見を求められており、紹介記事が掲載された雑誌は、『Runner's World』、『Outside』、『Triathlete』、『Women's Sports & Fitness』、『Men's Fitness』、『Men's Health』、『American Health』、『Masters Sports』、『Walking』、『Bicycling』といった専門誌から、『The New York Times』、『Vogue』にまで及びます。

フリールはこれまでに、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、太平洋地域でキャンプを主催し、アスリートはもとよりコーチにも、トレーニング、レースについて指導を行っています。また、フィットネス産業や政府機関のアドバイザーとしても活躍しています。

エイジグルーパーとしては、コロラド州マスターズ選手権優勝、ロッキーマウンンテン地区、サウスウェスト地区のデュアスロンエイジ別優勝などの戦績を誇り、全米代表チーム入り、世界選手権出場の経験もあります。現在は、サイクリストとして米国の自転車レースシリーズやタイムトライアルにも参加しています。

 

■訳者:篠原美穂

慶應義塾大学文学部(英米文学専攻)卒業。主な訳書に『アドバンスト・マラソントレーニング』、『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』、『はじめてのウルトラ&トレイルランニング』、『ランニング解剖学第2版』(以上、ベースボール・マガジン社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)などがある。