何が体力の壁となるのか? ~VO2maxの低下~

【立ち読み版】【速くなるためのヒント一覧】2024年8月27日 07:13

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

 

エコノミーの話は、ここまでです。持久性体力を構成する要素はたった3つです。トレーニングは、何をするにせよ、すべてこの3つのうちのどれかが関わっています。ストレッチはエコノミー、ロング走は VO2max、インターバルは VO2max、LT、エコノミーと関係があります。そしてウエイトリフティングはエコノミー、筋持久力トレーニングは LTといった具合です。すべての練習は、この3つのカテゴリーのうち、少なくとも1つには、きっちりとあてはまるのです。ですから体力を高めるためのトレーニングとは、実はさほど複雑なものではないのです。いちばんの問題は、自分のリミッターがどこにあるのかを見極め、そしてこの3つのうち1つ、あるいは複数の要素に則した練習を組み立て、それが向上できるようにすることです。

では、白衣を身にまとった研究者の先生方は、この3要素を加齢の見地からどのように説明してくれるのでしょうか。年齢にともなうパフォーマンス低下の要素としていちばん多いのは、VO2maxだというでしょう。LTが次に来ますが、かなり差があります。エコノミーがその次に来ますが、年齢による変化はほとんどないため、さらに大きな差があります23 。エコノミーは年齢によるパフォーマンス低下の正確な予測因子にはならない。それもそのはずです。何十年もトレーニングを行い、レースに出てきた結果、シニア・アスリートの動作パターンは洗練されてきているからです(24)。ですから、バースデーケーキのロウソクが増えると何が起きるのか、確かめようとするとき、検討が必要になるのは VO2maxだといえます。

「だといえます」という表現を使ったのは、アスリートはひとりひとり異なる存在であり、リミッターが VO2maxであるとは限らないからです。LTもしくはエコノミーの場合もあります。ただ、パフォーマンスにかげりが見えるとき、その理由である確率が VO2maxに比べて低いというだけです。

さて、体力については理解できたと思いますので、リミッターのビッグ3に戻り、自分の足を引っ張っているものは何か、そしてそれに対して何をしたらよいのか、答えを探してみましょう。本章の前半を見返すと、リミッターのビッグ3は以下に示したとおりです。

 

  • VO2maxの低下
  • 体脂肪の増加
  • 筋肉の減少

 

■VO2maxの低下

前にも触れましたが、加齢によるパフォーマンス劣化の犯人として最も疑わしいのは、VO2maxの低下であると、スポーツ科学の専門家の多くは考えています(25)。要するに、若いときほど効率的に酸素を活動筋に運搬して使うことができないということであり、その低下は年をとるごとに加速度的に進むと考えられます。表3.2は、ある横断研究によって判明した、男子自転車選手の VO2maxの変化を示しています。

 

表3.2 健康な男子自転車選手のVO2maxの加齢による変化

 

この流れを逆転させるためにできることは、おそらく何かあるでしょう。しかし、私の周りを見ると、ほとんどのシニア・アスリートは何もしていません。VO2maxを維持する鍵は、昔からのつきあいである、あの高強度トレーニングなのです。アスリートのほとんどは50歳を前にして、このような高強度トレーニングを減らし始めます。理由は明らかです。高強度のトレーニングはつらく、そして怪我をしやすくなるというマイナス効果が往々にしてあるためです(怪我の予防に関しては、第4章で扱います)。そして60代にもなると、高強度のトレーニングは過去の存在のようなものです。再会することもほとんどなくなります。第1章で紹介した縦断研究の被験者のほとんどがそうであったように、常に LSDにトレーニングの重点を置くという人がほとんどなのです。

しかし、VO2maxがリミッターではないのかもしれません。以前に受けたテストや最近受けたテストの結果から、年齢のわりに VO2maxが高く、毎年1%も低下しないことがわかったら、おそらく VO2maxはリミッターではないでしょう(26)。むしろ LTあるいはエコノミーが考えられます。エコノミーはシニア・アスリートのリミッターにはほとんどならないことを考えると、LTが真犯人だともいう推理も可能です。しかし、LTもやはりシニア・アスリートにはまれのように思えます。なぜなら、VO2maxに対する割合という意味では、LTは年齢とともに上昇する傾向にあるからです(27)。

では、トレーニングでは何をすればよいのでしょうか?それは第4章のテーマです。本章では、何が VO2maxの低下を引き起こしているのかを、ぜひ理解してください。これは、生活習慣(育ち)をあらゆる面からコントロールするためのステップです。そうすれば VO2maxにもプラスの変化が生まれるでしょう。そして解決の糸口が99.9%以上、トレーニング、食事、生活習慣にあるということに気づいてほしいのです。雑誌の巻末の広告にあるような器具や薬では答えになりません。このような、VO2max向上を「保証する」その場しのぎの商品は、星の数ほどあります。うたい文句に気をとられてはなりません。このようなもので VO2maxが向上することは、ないのです。もし広告どおりの効果を発揮するとしたら、いずれ使用が禁止されるでしょう。何か確実な効果があるとしたら、それは購入者の財布の軽量化だけです。ほぼすべてのシニア・アスリートに共通する鍵とは、高強度トレーニングに、その他のタイプの効果的なトレーニングを組み合わせて行い、回復を十分にとることです。同時に、ハイパフォーマンスにつながるような食生活や生活習慣にすることも重要です。すべては次章で取り上げます。

今は、最近のパフォーマンス低下を引き起こす最大の容疑者が VO2maxである背景には何が起きているのか、ということを理解することが先決です。そのためには、加齢に関わる運動生理学の知識が多少必要です。つまり自分の老いた体がトレーニングやレースのあいだどのように機能しているか、知っておくということです。

VO2maxは主に2つのサブシステムからなっています。それは酸素の運搬と取りこみです。筋肉への酸素運搬には、肺、心臓、血液、動脈、毛細血管が関わっています。酸素を取りこむ際は、毛細血管を流れている酸素を細胞がつかみ、取りこんでエネルギー産生に使います。これは筋細胞内に存在する酸化酵素の仕事です。酸素はいったん筋肉内に入ると、脂肪もしくはグリコーゲンと結合し、最終的に筋収縮を引き起こします。これはきわめて複雑なメカニズムです。このサブシステムのうち1つでもだめになると、VO2maxは低下します。

この2つのサブシステムのうちでは、運搬のほうが VO2max低下に大きく影響すると、一般的に考えられています(28)。その共通する理由として考えられるのは、シニア・アスリートの場合、1回拍出量と最大心拍数の減少です(29)。1回拍出量とは、心臓の拍動1回につき汲み出される血液量のことです。1回拍出量は、心臓から血液を全身に送り出す左心室の大きさと収縮力に大きく依存しています。シニア世代は一般的に若い人よりも左心室が大きい傾向にあります。そしてシニア・アスリートの左心室は、同年代の運動をしない人よりもさらに大きいのです(30)。しかしほかの筋肉と同様、1回につき大量の血液を汲み出すという負担がほとんどかからないと、左心室の大きさと収縮力は失われます。そしてその結果、VO2maxが低下するのです(31)。この傾向は女性よりも男性に強いように思われます(32)。

加齢にともなう最大心拍数の減少も、しばしば VO2maxの低下の原因とみなされます(33)。それは心拍数が1年につき1回ずつ減っていくと一般的に信じられているからです(よって『220 -年齢』という正確性の低い計算式が広まったのです)。最大心拍数もやはり、女性は男性ほど減少しないようです。その理由は、女性アスリートは年齢が上がってもまた閉経を迎えても、トレーニング量を変えない傾向があるからだと考えられています(34)。そして問題を複雑にしているのが、ある縦断研究です。この研究はトレーニングを積んだ15名の持久系アスリートを対象にして行われたもので、最初のテストから8年後のテストでは最大心拍数に変化は見られなかったものの、VO2maxの年間低下率は0.5%をわずかに上回る値だったのです(35)。このフォローアップ試験に参加した被験者の平均年齢は62歳でした。前述の女性被験者と同じく、男性の VO2maxの低下率にいちばん影響したのは、トレーニングの変化です。被験者のトレーニング量は、54歳から62歳になるまでの8年間で平均約20%減少していました。そして平均トレーニング強度は7~10%低下していたのです。そのなかでただ1人だけ、量と強度の両方を8年間ずっと維持していた被験者がいました。彼の VO2maxはまったく低下せずレースパフォーマンスは向上しました。こういう人こそ、できるだけ見習いたいものです。

ですから、加齢にともなう VO2maxの低下の犯人はまだ捕まっていないのです。パフォーマンスと年齢に関するケースにはよくあることですが、今まで体内で起きてきた数多くの小さな変化が積み重なり、確かな原因となっていることは間違いありません(36)。1回拍出量と最大心拍数の変化も原因として疑われますが、それ以外にもいくつか考えられます。おそらく、肺気量、呼吸筋、血液の酸素運搬能、血管の弾力性、毛細血管密度、エネルギーを産生するミトコンドリア、筋肉内の酸化酵素が関係するのでしょう。このことから、ある程度の確信を持って導くことのできる結論が1つだけあります。それは、 VO2maxは年齢とともに低下し続けるが、VO2maxのためのトレーニングを続けると、年齢に関係なく、その低下が遅くなる、止まる、またあるいは一時的に逆転する、という効果がもたらされるということです。この VO2maxの問題をどうトレーニングで解決するかということも、次章で扱うテーマです。

 

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

※この記事は、『50を過ぎても速く!』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『FAST AFTER 50』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版です。『50を過ぎても速く!』は、アメリカを代表する持久系スポーツコーチであるジョー・フリールが、サイクリスト、ランナー、トライアスリート、水泳選手、スキー選手、ボート選手など、すべての持久系競技のアスリートのために、最新の研究をベースにして、「50歳を過ぎてもレースで力強く走り、健康を維持する方法」をわかりやすく解説した好著です。

※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。

 

■著者:ジョー・フリール(Joe Friel)

ジョー・フリールは、TrainingPeaks.comおよび TrainingBible Coachingの共同創立者です。運動科学の修士号を持つフリールは、1980年から持久系アスリートの指導にあたってきました。彼の教えを受けたのは、自転車、マウンテンバイク、トライアスロン、ランニング、ボート、馬術の選手などであり、年齢もさまざま、初心者からエリートまでとレベルも幅広く、アマチュアもプロもいます。なかにはアイアンマン・レースの優勝者、米国内外のチャンピオン、世界選手権代表、そしてオリンピック代表もいます。

フリールの作品は以下のとおりです。『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『The Mountain Biker's Training Bible』、『Cycling Past 50』、『Going Long』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Your First Triathlon』、『Your Best Triathlon』、『The Power Meter Handbook』、『Precision Heart Rate Training』(寄稿)、『Total Heart Rate Training』『Triathlon Science』(共同編集)。フリールはまた、米国トライアスロン指導者委員会の設立に携わり、会長を2期にわたってつとめました。

そのほか、『Inside Triathlon』、『Velo News』をはじめとする、200を超える雑誌のコラムを執筆するかたわら、米国以外の雑誌やウェブサイトにも頻繁に記事を寄稿しています。持久系競技のトレーニングに関して、さまざまなメディアから意見を求められており、紹介記事が掲載された雑誌は、『Runner's World』、『Outside』、『Triathlete』、『Women's Sports & Fitness』、『Men's Fitness』、『Men's Health』、『American Health』、『Masters Sports』、『Walking』、『Bicycling』といった専門誌から、『The New York Times』、『Vogue』にまで及びます。

フリールはこれまでに、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、太平洋地域でキャンプを主催し、アスリートはもとよりコーチにも、トレーニング、レースについて指導を行っています。また、フィットネス産業や政府機関のアドバイザーとしても活躍しています。

エイジグルーパーとしては、コロラド州マスターズ選手権優勝、ロッキーマウンンテン地区、サウスウェスト地区のデュアスロンエイジ別優勝などの戦績を誇り、全米代表チーム入り、世界選手権出場の経験もあります。現在は、サイクリストとして米国の自転車レースシリーズやタイムトライアルにも参加しています。

 

■訳者:篠原美穂

慶應義塾大学文学部(英米文学専攻)卒業。主な訳書に『アドバンスト・マラソントレーニング』、『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』、『はじめてのウルトラ&トレイルランニング』、『ランニング解剖学第2版』(以上、ベースボール・マガジン社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)などがある。