何が体力の壁となるのか? ~体脂肪の増加~

【立ち読み版】【速くなるためのヒント一覧】2024年9月3日 15:06

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

 

■体脂肪の増加

最大酸素摂取量とは、私がずっと VO2maxと言い続けているものですが、これを求める計算式を覚えているでしょうか。念のためにもう1回式を示しましょう。

 

VO2max = mlO2/kg/分

 

「mlO2(酸素100ml)」は、最大強度で数分間継続的に行う運動中に消費する、1分あたりの酸素量のことです。

この式のなかには、「kg」という目障りな文字が入っています。ようやくこの文字に注目するときが来ました。1回拍出量や最大心拍数など、VO2maxに影響すると考えられるものが何1つ変化しなくても、時間を経ると、この2文字が年齢とともに VO2maxの低下に大きく影響するかもしれません。これは体重を表します。この数式の分母であるということはつまり、この数値で酸素量を割るということですので、VO2maxとは反比例の関係にあります。要するに、体重が増えると(kgの数値が大きくなると)、VO2maxは低下する、ということです。それが何か?と言いたいかもしれませんが、これは大問題です。現実とほとんど関係のない意味不明な数式ではないのです。

なぜ問題なのかといえば、体重が増えると、昔体が軽かった若いときと同じペースを維持するだけでも大変になるからです。トレーニングやレースで体を動かす主要な筋肉が、より高い強度で働くことになります。どういうことになるのか、思考実験をしてみましょう。

あなたはランナーだと仮定します。そしてこれからテストを2回受けます。それぞれ、1マイル(約1.6km)をできるだけ速くトラックで走るというテストです。この2回のテストのあいだには、2日間、回復の期間があります。1回は、背中に4.5kgのおもりを入れたリュックを背負って走ります。もう1回はいつものとおり、何も背負わずに走ります。どのようなことになるか?それは聞くまでもないでしょう。余分に4.5kgを身につけていると、荷物がないときよりも走るスピードは遅くなります。なぜでしょうか。余分なおもりを運べば、激しい運動にならざるを得ないからです。この余分なおもりが、背中に背負ったおもりであろうと余分な体脂肪であろうと、関係ありません。結果は同じ、つまり VO2maxが著しく低下するのです。

想定するアスリートは、ノルディックスキーヤーやロングヒルを上るサイクリストでも構いません。実際、重力が速さに大きく影響する競技なら何でもいいのです。裏を返せば、余分なおもりがあっても重力の影響の小さい競技では、たいした問題にはならないのです。水泳や平地で行う自転車競技などがその例です。余分なおもりはそれが筋肉であっても、体脂肪であっても、競技によってはメリットになります。オープンウォーターを泳ぐスイマーは、長いレースの前には、わざわざ体脂肪を少量つけることも珍しくありません。体脂肪は冷たい水から身を守る働きをしてくれるのです。サイクリストは、大腿部の筋肉が発達していると、平地のタイムトライアルでは非常に速いこともありますが、ヒルクライムではほとんどいい成績を残せません。

つまり、重力がパフォーマンスに関係する競技では、体重増加は問題のタネだということです(37)。

もちろん、体脂肪が増えても筋肉が減れば、結果的に体重は増えません(次項で説明します)。筋肉は脂肪よりも比重が高いため、同じ体積でも重いのです。よって、筋肉が少しでも減れば、多少脂肪がついても体重は変わらないので、VO2maxが受ける影響も同じだと考えられます。しかし筋肉は、レーススピードに貢献しますが、脂肪は引きずっていかなければならない、足かせに過ぎません。

これは、体組成、つまり筋肉と脂肪の割合の問題です。前述したとおり、多少の例外を除けば、体脂肪率が低いほうが、持久系アスリートのパフォーマンスはよくなります。

しかし、ご存知かもしれませんが、年を重ねると筋肉から脂肪へと、目に見えてその割合は変化します。ふつうの人だと、だいたい65歳から、体組成が著しく変化し始めます(38)。25歳時と比べると、60代までにほとんどの男性が約12kgの筋肉を失います。女性の場合は5kg減ですが、このほとんどはやはり筋肉です(39)。

強度の高い運動と、加齢にともなう筋肉量の変化との関係は、よくわかっていません。しかし、運動は筋肉量を維持し、体脂肪の増加を抑えるのに有効だと考えられます(40)。したがって、シリアス・アスリートは60代以降も含め、運動をしない人よりも体組成の変化が少ないと推測できます(41)。けれども、パフォーマンスに関しては、運動しない人と比較しても意味がありません。脂肪が増えて筋肉が減れば、レースパフォーマンスには必ず影響が出ます。

これからシニアになるアスリートでも、体組成の変化、つまり脂肪の増加と筋肉の減少は多少あると考えられます。この変化、特に「脂肪の増加」は、何が原因なのでしょうか。それは、リポタンパク質リパーゼ(LPL)と呼ばれる酵素に大いに関係があります。年をとると、LPLは脂肪組織に蓄積します。これが体の部位に関係なく、我々が「ぜい肉」と呼んでいるものです。LPLの働きは複雑で、インスリン感受性と通常の食事に関係します(42)。このことについては、第8章で詳しく検討します。

LPLが多い部位には、加齢とともに脂肪が蓄積することになります(43)。男性の場合、若いときは、テストステロンが LPLの活性を抑制し、体を筋肉質に保ちます。しかし年を重ねるにつれテストステロンの分泌が減ると、その抑制も弱くなります。その結果、LPLが多い部位、特に腹部に脂肪が蓄積されることになるのです。女性の場合は、臀部を中心に生涯を通じて LPLの活性が高く、若いときはそうした部位に脂肪が蓄積します。しかし、閉経後の LPLは腹部に多くなるので、脂肪も特に腹部に蓄積するようになります。

体重増加の問題は実は脂肪の蓄積ですが、それに密接に関係しているのが筋肉の減少です。次項では、そのことについて説明します。

 

50を過ぎても速く! 50・60・70代になってもハイパフォーマンスを諦めない

※この記事は、『50を過ぎても速く!』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『FAST AFTER 50』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版です。『50を過ぎても速く!』は、アメリカを代表する持久系スポーツコーチであるジョー・フリールが、サイクリスト、ランナー、トライアスリート、水泳選手、スキー選手、ボート選手など、すべての持久系競技のアスリートのために、最新の研究をベースにして、「50歳を過ぎてもレースで力強く走り、健康を維持する方法」をわかりやすく解説した好著です。

※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。

 

■著者:ジョー・フリール(Joe Friel)

ジョー・フリールは、TrainingPeaks.comおよび TrainingBible Coachingの共同創立者です。運動科学の修士号を持つフリールは、1980年から持久系アスリートの指導にあたってきました。彼の教えを受けたのは、自転車、マウンテンバイク、トライアスロン、ランニング、ボート、馬術の選手などであり、年齢もさまざま、初心者からエリートまでとレベルも幅広く、アマチュアもプロもいます。なかにはアイアンマン・レースの優勝者、米国内外のチャンピオン、世界選手権代表、そしてオリンピック代表もいます。

フリールの作品は以下のとおりです。『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『The Mountain Biker's Training Bible』、『Cycling Past 50』、『Going Long』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Your First Triathlon』、『Your Best Triathlon』、『The Power Meter Handbook』、『Precision Heart Rate Training』(寄稿)、『Total Heart Rate Training』『Triathlon Science』(共同編集)。フリールはまた、米国トライアスロン指導者委員会の設立に携わり、会長を2期にわたってつとめました。

そのほか、『Inside Triathlon』、『Velo News』をはじめとする、200を超える雑誌のコラムを執筆するかたわら、米国以外の雑誌やウェブサイトにも頻繁に記事を寄稿しています。持久系競技のトレーニングに関して、さまざまなメディアから意見を求められており、紹介記事が掲載された雑誌は、『Runner's World』、『Outside』、『Triathlete』、『Women's Sports & Fitness』、『Men's Fitness』、『Men's Health』、『American Health』、『Masters Sports』、『Walking』、『Bicycling』といった専門誌から、『The New York Times』、『Vogue』にまで及びます。

フリールはこれまでに、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、太平洋地域でキャンプを主催し、アスリートはもとよりコーチにも、トレーニング、レースについて指導を行っています。また、フィットネス産業や政府機関のアドバイザーとしても活躍しています。

エイジグルーパーとしては、コロラド州マスターズ選手権優勝、ロッキーマウンンテン地区、サウスウェスト地区のデュアスロンエイジ別優勝などの戦績を誇り、全米代表チーム入り、世界選手権出場の経験もあります。現在は、サイクリストとして米国の自転車レースシリーズやタイムトライアルにも参加しています。

 

■訳者:篠原美穂

慶應義塾大学文学部(英米文学専攻)卒業。主な訳書に『アドバンスト・マラソントレーニング』、『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』、『はじめてのウルトラ&トレイルランニング』、『ランニング解剖学第2版』(以上、ベースボール・マガジン社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)などがある。