何が体力の壁となるのか? ~筋肉の減少~
■筋肉の減少
さきほどの体重増加の話から、これから説明することはすぐ理解できると思います。前項では、加齢にともなって体組成に変化が現れるが、それは体脂肪の増加と筋肉の減少という、2つのファクターが相互に作用した結果だ、ということを説明しました。以前に説明した VO2maxの低下に、この体脂肪の増加と筋肉の減少を足したものが、加齢とともに起きるパフォーマンス低下の理由のビッグ3です。
では筋肉と加齢について説明するために、再び嫌な話から始めましょう。第4章では、加齢に関わるネガティブなことにはいっさい触れず、その対処について話を進めます。しかし、その前に自分が直面している問題を理解する必要があります。
サルコペニアとは、ふつうの人が加齢にともない経験する、筋肉量の減少のことです(44)。筋肉量は40歳ぐらいから減り始めます。現段階で科学にわかっていることは、これだけです。しかし、減少率は年とともに加速度的に上昇し、運動しない人の場合、70歳までには、平均で約24%の筋肉が失われます。そしてさらにその減少は加速します。70歳を過ぎると筋肉減少率は1年あたり1.5~2%になり、その結果、80歳までにはさらに15~20%の筋肉が失われます。高齢者の多くが弱々しく見えるのもわかるでしょう。
筋肉量の減少の主な理由は、筋肉と運命をともにする特定のホルモンの分泌が減少することにあります(45)。40歳を前に、テストステロンの分泌が低下し、それによって男性の筋肉量は著しく減少するのです(46)。女性の場合は(さほど急激ではないにしろ)、エストロゲンの分泌量が筋肉量と同様、減少傾向になります(47)。同じように、成長ホルモンとインスリン様成長因子(互いに固く結合して筋肉の維持、発達を促す2つのホルモン)も、40歳を境に減少が始まります。以前に説明したとおり、筋肉の減少量は家庭の体重計では正確にはわかりません。同時に体脂肪も増えているからです。
以上はすべて運動をしないふつうの人の話です。しかし、判明したこともあります。今回ばかりは、そう悪い話ではありません。
ウェスタンオンタリオ大学では最近、従来のものとは一線を画す2つの研究が行われ、「使わないと、使えなくなる」というコンセプトが実証されました(48)。この研究では、運動を趣味とする若者(25歳ぐらい)、年長者のランナー(65歳ぐらい)、運動をしない年長者(65歳ぐらい)という3つの群を対象とし、それぞれの運動単位を数えました。運動単位とは、1つの神経によって活性化される筋線維の束のことです。ふつうの年長者、つまり運動をしない年長者は、不活動な部位が多く、その神経が死滅すると関連する筋線維は萎縮します。したがって運動をしない年長者の筋肉は、サイズ、力、パワーがきわめて急速に低下するのです。この事実は、ラットを用いた研究により、すでに知られていましたが、ウェスタンオンタリオ大学の研究ではそれを人間において確認したのです。しかし、アスリートの結果はどうなったのでしょうか。運動単位はどのくらいだったのでしょう。
取りあえずわかったのは、持久系アスリートである我々は、少々違うということです。60代のランナーは、前頸骨筋の運動単位数が、若年の被験者と同じでした。しかし、同じ60代の、運動はしないが健康である被験者は、この同年代のランナーよりも運動単位数が35%少ないことが判明しました。基本的に年長者のランナーは未だに若い足筋を持っていたのです。悪くない話です。いくらか気分も晴れたのではないでしょうか。しかし、まだ続きがあります。
ウェスタンオンタリオ大学の研究者は、疑念を持ちました。それは、このテスト結果により、理論上、60代ランナーが持つすべての筋肉の運動単位が維持されたことになるのか、それとも、ランニングに関連する筋肉の運動単位だけが維持されたのか、ということです。そこでフォローアップ試験では、年長者ランナー、若者、運動をしない年長者を対象に、上腕二頭筋(二の腕)の運動単位を数えました(49)。その結果、年長者のランナーの運動単位は若者のランナーに比べて約48%少なく、同年代の運動をしない被験者と同程度であることが判明しました。高負荷をかけて鍛えない限り、運動をしても筋肉は維持されないことは明らかです。使わないと、使えなくなる。これを疑う余地はもう、ほとんどないでしょう。
そうかと言って、腕を鍛えようと側転運動を始めるには、まだ早いでしょう。この試験は、選んだ被験者によっては異なる結果が出た可能性があったのか、考える必要があります。これは横断研究だったのです。被験者は志願者だったのかもしれません。運動単位を維持していた人が、シニアになってもレースに出続けていたのかもしれませんし、維持しなかった人は、何らかの理由でずっと昔に競技からドロップアウトしてしまったのかもしれません。加齢と運動単位についての縦断研究があれば、横断研究から得られた結果があてはまるかどうか、被験者を数年間追跡して確認できると思います。しかし残念なことに、そのような研究はありません。気分を害してしまったら、申し訳ありません。しかし、事実と憶測とを区別することは重要です。
関連する問題として、もう1つ本章で取り上げておかなければならないものがあります。可逆性に関することです。筋肉は、もしなくなったとしたら、取り戻すことができるのでしょうか。その可能性はあります。しかし、筋肉の再生を望むタイミングが遅いほど、それがかなえられる確率は低くなります。筋肉が成長する可能性は、相当な年配でもまだあります。マサチューセッツ州メッドフォードのタフツ大学で行われた研究では、過去に不活動であった70~85歳の被験者80名に、6ヶ月間レジスタンストレーニングをさせました(50)。すると被験者の筋肉量は試験終了時には1.3%増加していました。このすべてに、第2章で紹介した幹細胞が関与していることは明らかです。
タフツ大学の研究に参加した年長者には、予期せぬことも起きました。最も筋肉量が増加した(1.3%)被験者たちは、サプリメントというかたちで試験中、プロテインをより多く摂取していました。それ以外の人は、余分なプロテインは摂取しておらず、筋肉の増加率も約半分(0.6%)にとどまりました。このことはあとで再度検討しますのでひとまず保留します。ではほかの研究でも同じことが起きたのか、見ていきましょう。
まず筋肉の減少について集まった多くの情報をまとめてみます。すべてを考慮に入れると、私の解釈はこうなります。「加齢にともなう筋肉減少の主な理由として最も考えられるのは、使わないこと、つまり年をとって急に運動不足の生活習慣になることである」。これは科学によって実証されるようになりましたが、要するに、筋肉減少はほとんどの場合、生まれではなく、育ちが原因である、ということです(51)。もちろん、生まれも影響はしますし、おろそかにするわけにはいきません(52)。生まれも育ちも、加齢にともない筋肉が減る原因になるのです。しかし、育ちは、コントロールできるものです。そして我々アスリートは、筋肉の減少を最小限に食い止めるという点で、ふつうの人よりもよい環境にいることになります。
不活発な生活習慣になる傾向は、年配のシリアス・アスリートにもあります。年とともに、彼らはトレーニングの強度を落としていっているように見受けられます。その理由のなかには、納得できるものも少なくありません。怪我の回避もその1つです。とはいえ、強度を落とすと筋肉の減少につながりかねません。事実、そうなることはあります。競技の動きに欠かせない筋肉も例外ではありません。第4章では、減っていく筋肉の再生を助けるホルモンの分泌を増やすために、トレーニングで何をしたらよいのか、紹介します。そして第8章ではタンパク質の摂取と筋肉について再度検討します。
※この記事は、『50を過ぎても速く!』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『FAST AFTER 50』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版です。『50を過ぎても速く!』は、アメリカを代表する持久系スポーツコーチであるジョー・フリールが、サイクリスト、ランナー、トライアスリート、水泳選手、スキー選手、ボート選手など、すべての持久系競技のアスリートのために、最新の研究をベースにして、「50歳を過ぎてもレースで力強く走り、健康を維持する方法」をわかりやすく解説した好著です。
※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。
■著者:ジョー・フリール(Joe Friel)
ジョー・フリールは、TrainingPeaks.comおよび TrainingBible Coachingの共同創立者です。運動科学の修士号を持つフリールは、1980年から持久系アスリートの指導にあたってきました。彼の教えを受けたのは、自転車、マウンテンバイク、トライアスロン、ランニング、ボート、馬術の選手などであり、年齢もさまざま、初心者からエリートまでとレベルも幅広く、アマチュアもプロもいます。なかにはアイアンマン・レースの優勝者、米国内外のチャンピオン、世界選手権代表、そしてオリンピック代表もいます。
フリールの作品は以下のとおりです。『サイクリスト・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)、『The Mountain Biker's Training Bible』、『Cycling Past 50』、『Going Long』(共著)、『The Paleo Diet for Athletes』(共著)、『Your First Triathlon』、『Your Best Triathlon』、『The Power Meter Handbook』、『Precision Heart Rate Training』(寄稿)、『Total Heart Rate Training』『Triathlon Science』(共同編集)。フリールはまた、米国トライアスロン指導者委員会の設立に携わり、会長を2期にわたってつとめました。
そのほか、『Inside Triathlon』、『Velo News』をはじめとする、200を超える雑誌のコラムを執筆するかたわら、米国以外の雑誌やウェブサイトにも頻繁に記事を寄稿しています。持久系競技のトレーニングに関して、さまざまなメディアから意見を求められており、紹介記事が掲載された雑誌は、『Runner's World』、『Outside』、『Triathlete』、『Women's Sports & Fitness』、『Men's Fitness』、『Men's Health』、『American Health』、『Masters Sports』、『Walking』、『Bicycling』といった専門誌から、『The New York Times』、『Vogue』にまで及びます。
フリールはこれまでに、アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、太平洋地域でキャンプを主催し、アスリートはもとよりコーチにも、トレーニング、レースについて指導を行っています。また、フィットネス産業や政府機関のアドバイザーとしても活躍しています。
エイジグルーパーとしては、コロラド州マスターズ選手権優勝、ロッキーマウンンテン地区、サウスウェスト地区のデュアスロンエイジ別優勝などの戦績を誇り、全米代表チーム入り、世界選手権出場の経験もあります。現在は、サイクリストとして米国の自転車レースシリーズやタイムトライアルにも参加しています。
■訳者:篠原美穂
慶應義塾大学文学部(英米文学専攻)卒業。主な訳書に『アドバンスト・マラソントレーニング』、『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』、『はじめてのウルトラ&トレイルランニング』、『ランニング解剖学第2版』(以上、ベースボール・マガジン社)、『トライアスリート・トレーニング・バイブル』(OVERLANDER株式会社)などがある。