レースはスタート前に始まっている ~なんとなくレースを走るのか、それとも、先を予想し、頭を使って走るのか、どちらを選びますか?~
■レースはスタート前に始まっている
レースはスタートするより前に始まっています。まず、コースとライバルを確認しましょう。どういうコースなのか。特徴は? どんなコースにも、レース結果を左右するようななにかが必ずあります。ごくありふれたコースにも、です。ウォーミングアップをしながら、利用できそうな場所はないか探しておきましょう。過去のレースがどういう展開になったのかも確認しておくべきです。今回も似たような展開になる可能性が高いからです。
東海岸にあるサーキットで行われたレースを走ったことがあります。コースは完全フラットのまん丸でコーナーがありません。減速する理由がどこにもないので、スタートしたら、みな、むきになって走るだろうと予想できます。そんなレースで前を引く理由はありません。体を温めたいとか、かっこいい姿を観客にアピールしたいとかいうのでなければ。
真っ平らのまん丸というコースは珍しく、ふつうは、どこかにレースを左右するようなポイントがあります。集団がばらける大きな上りや、クリテリウムコースで集団が細長く伸びるような場所は、必ず結果に影響します。距離も、レースを読む上で大事なポイントです。
クリテリウムの周回コースでは、集団が減速する場所や、単独なら走りやすい場所をチェックしましょう。強いチームならブロックが簡単にできる場所も要注意です。コーナーが連続しているところや、風のあたる細い道も、気づいたときには中切れが起きていたりします。天候も考えなければなりません。コース、ライダー、そして自分は風や雨にどう影響されるのか。
コースが結果に大きな影響を与えるレースがメリーランド州ボルチモアにあります。スタート・フィニッシュ地点は5レーンと幅広なのですが、そのあと、逆バンクの下りコーナーから狭くて曲がりくねった道に入ります。このほかは、逃げられるようなコースになっていません。狭い道が終わると大通りをゆるやかに上り、ぐっと曲がるとスタート・フィニッシュのラインになります。このコースでは、いいメンバーでアタックしてスタート・フィニッシュのラインを越え、そのとき集団がすぐに追ってこなければ勝つことができます。実際、有力選手5人がスプリント賞争いで飛びだしたとき、集団にためらいが見られました。スプリントのあと、前の5人はスローダウンするだろうと思ったのです。だが、逃げ集団になったと気づいた5人は、逆バンクのコーナーから道幅の狭い部分を高速で駆けぬけていきます。対して集団は、コーナーがどうしてももたつきます。さらに、道が細くなったところで、前を追う気のないライダー3人が集団にふたをしてしまいました。勝負あった、です。
レースに参加するライバルも事前にチェックしておきます。レースをコントロールしそうな強豪チームはいるか。強い選手、速い選手、駆け引きがうまい選手もチェックが必要です。そういう選手やチームが、過去、どういう走りをしたのかも調べましょう。いつも上手にブロックするチームがいるなら、そのチームから逃げに乗る選手が出ないか注意しておく必要があります。だれとだれが一緒に逃げたら危険かも考えておきます。最後まで力を残していそうなのはだれか。途中でたれがちなのはだれか。
検討課題ばかりだって? 当たり前です。レースを読むとはそういうことです。あらゆる情報を検討し、それを使って、次になにが起きるのかを予想するわけです。
なにをどう考え、どう判断するのか、練習しましょう。なんとなくレースを走るのか、それとも、先を予想し、頭を使って走るのか。どちらを選びますか?
※この記事は、『自転車レースの駆け引き』井口耕二訳・OVERLANDER株式会社(原題:『RACING TACTICS FOR CYCLISTS』トーマス・プレン、チャールス・ペルキー著・velopress)の立ち読み版です。『自転車レースの駆け引き』は、ロードレースやクリテリムで上手に走り賢く戦うための戦術・テクニック・スキルを、豊富なイラストを用いてわかりやすく解説した好著です。
※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。
■著者:トーマス・プレン
1970年代初頭から長年自転車競技にかかわる。アマチュアとして、また、プロとして長いキャリアを誇り、1986年にはUSPRO選手権で優勝。また、レッドジンジャー/クアーズクラシックの13回すべてを完走した数少ないサイクリストとしても知られている。全米選手権で常に上位に入る実力の持ち主で、1982年全米タイムトライアル選手権優勝チームのメンバーでもある。現在、コロラド州ボールダー在住。キャットアイ・サービス&リサーチセンターで所長を務めるとともに、みずから立ち上げた消費者調査とコンサルティングの会社ボールダースポーツリサーチの社長を務めている。自転車製品供給者協会の副会長でもある。常勤の職をふたつ兼務し、家族もいるが、ふつうの人がガレージセールに行くような熱心さで、いまも週末にはレースに参戦している。
■訳者:訳者:井口 耕二
翻訳者。1959年生。東京大学工学部化学工学科卒、オハイオ州立大学大学院修士課程修了。53歳でロードバイクに乗り始め、ニセコクラシック年代別3位、UCIグランフォンド世界選手権出場など、ロードレースを中心に活動している。訳書に『スティーブ・ジョブズ I・II』(講談社)、『ランス・アームストロング ツール・ド・フランス永遠(とこしえ)のヒーロー』(アメリカン・ブック&シネマ)などがある。