レースが始まったら、周りで起きていることを細大漏らさず把握する
■レースが始まったら
レースが始まったら、周りで起きていることを細大漏らさず把握します。アタックしているのはだれか。それをブロックしている人はいるか。いるならだれか。集団の反応は? アタックを集団が追いはじめるタイミングは? 脅威となる選手が逃げているか。いるのに集団が動かないなら、自分でなんとかしなければなりません。勝負を分ける動きには瞬間的に反応しなければいけません。遅きに失すればおしまいです。
逃げがどのくらいで吸収されるのかを見ていると、そろそろ勝ちにつながる逃げが成立しそうだとわかったりします。集団が逃げを吸収するまでの時間がだんだん長くなり、最後は、集団も力や粘りが尽きてしまうのがふつうだからです。レース序盤は半周くらいで捕まりますし、いろんな選手が次から次へとアタックするものです。みな、まだフレッシュで元気ですからね。ですが、周回を重ねると疲れた選手が増えてきます。後半にアタックできるのは強い選手だけで、実は、逃げを追う側もそういう選手だったりします。ともかく、だんだんと逃げの吸収に時間がかかるようになります。1周から2周もかかったりするでしょう。そろそろ危ない感じです。強い選手2~3人が逃げ、そのチームメイトがブロックに回ると、吸収に5周もかかったりするでしょう。こうなったら、次のアタックには必ず乗らなければなりません。おそらくは勝負が決まるアタックだからです。
一番いいのは、この最後の逃げにだけ乗ることです。ただ、どれが最後の逃げになるのか、計算すればわかるわけではありません。スピードに自信があるなら、集団の先頭近くに位置し、逃げが遠ざかっていくのを観察します。そして、集団が反応しないようなら、自分ならまだブリッジできるというぎりぎりのタイミングで逃げを追うのです。これが一番いいのですが、スピードにかなりの自信がなければできない方法でもあります。また、自分が逃げを追ったことがきっかけとなり、集団が加速してしまうこともあります。そうなると、逃げに追いついたと思った次の瞬間、集団に吸収されたりするわけです。
ここで当然に気をつけなければならないのが、逃げているライダーとチームの組み合わせです。USPRO選手権に勝てたのは、セブンイレブンとデンマークの選手による逃げに飛び乗ったからですが、このふたりは強豪チームのメンバーでした。レース最終周が始まるところでこのふたりが飛びだしたのですから、これが脅威であることは疑う余地がありません。それに、ライダーの組み合わせにも注意していれば、ライバルの強みを活用する、つまり、ライバルのチームメイトにブロックしてもらうことも可能になります。
どのレースにも、こういう「勝負所」を迎える瞬間があるものです。きっかけはアタックかもしれませんし、強い横風、強烈な上りかもしれません。ともかく、勝負所だと感じたら、後先考えずに力を使うこと。優勝に絡めるチャンスは1回しかないと思っておくべきです。
ライバルについては、ほかにも注意すべき点があります。彼らの状態です。自分と同じレベルの選手と争っているのなら、自問自答してみるのがいいでしょう。次の逃げを追うのは無理だと思ったら、おそらくはアタックすべきタイミングです。ほかの選手のペダリングや呼吸など、手がかりを探しましょう。食べ方や飲み方など、ほんとうにちょっとしたことが手がかりになったりします。長いレースなのにあまり食べていなかったり、必要以上に飲み物を取っていたりする選手は調子が悪い可能性があります。
ただし、次のレースでこういう手がかりすべてに注意を払うのも無理なら、それが意味するところを知るのも無理です。大事なのは、次のレースから周囲の観察を始め、その後のレースも毎回それをくり返すことです。レースを正しく読めれば、自分のフィジカルではとても無理だと思うような結果を出すことができますし、自分よりフィジカルが強いライバルに勝つこともできるでしょう。勝ちにつながる逃げが決まろうとする瞬間にしかアタックしないでいいのなら、フレッシュな状態で楽に走れるはずです。だからレース中は周りをじっくり観察しましょう。そして、レース後にはふり返り、どういう展開になったのか、そうなったのはなぜなのかを考えてみましょう。
時間をかけて学ばなければレースを読めるようにはなりません。ですが、読めるようになれば、それまでと違う次元でレースを展開できるようになります。
※この記事は、『自転車レースの駆け引き』井口耕二訳・OVERLANDER株式会社(原題:『RACING TACTICS FOR CYCLISTS』トーマス・プレン、チャールス・ペルキー著・velopress)の立ち読み版です。『自転車レースの駆け引き』は、ロードレースやクリテリムで上手に走り賢く戦うための戦術・テクニック・スキルを、豊富なイラストを用いてわかりやすく解説した好著です。
※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。
■著者:トーマス・プレン
1970年代初頭から長年自転車競技にかかわる。アマチュアとして、また、プロとして長いキャリアを誇り、1986年にはUSPRO選手権で優勝。また、レッドジンジャー/クアーズクラシックの13回すべてを完走した数少ないサイクリストとしても知られている。全米選手権で常に上位に入る実力の持ち主で、1982年全米タイムトライアル選手権優勝チームのメンバーでもある。現在、コロラド州ボールダー在住。キャットアイ・サービス&リサーチセンターで所長を務めるとともに、みずから立ち上げた消費者調査とコンサルティングの会社ボールダースポーツリサーチの社長を務めている。自転車製品供給者協会の副会長でもある。常勤の職をふたつ兼務し、家族もいるが、ふつうの人がガレージセールに行くような熱心さで、いまも週末にはレースに参戦している。
■訳者:訳者:井口 耕二
翻訳者。1959年生。東京大学工学部化学工学科卒、オハイオ州立大学大学院修士課程修了。53歳でロードバイクに乗り始め、ニセコクラシック年代別3位、UCIグランフォンド世界選手権出場など、ロードレースを中心に活動している。訳書に『スティーブ・ジョブズ I・II』(講談社)、『ランス・アームストロング ツール・ド・フランス永遠(とこしえ)のヒーロー』(アメリカン・ブック&シネマ)などがある。