スプリントとアタック ~後ろについている選手を効率よく確認する方法とは?~
■スプリントとアタック
トラックのスプリント競技では対戦相手とトラックの両方に目配りをしつつ、前を走る技量が必要になります。この競技を見たことがある人ならわかるでしょう。トラック3周のスプリント競技で残り1周半。前を走る選手は対戦相手から一瞬も目を離しません。離した瞬間にダッシュされ、レースが終わってしまうからです。この競技に熟練した選手なら、前を見ることなくトラックを周回することができます。風景も路面状況も、すべて、一定だからです。対してロードレースやクリテリウムは、変化するものが多すぎて後ろをふり返るのは危険です。スプリント直前にライバルの状況を確認しようと後ろをふり返ったら、道に穴があってクラッシュするかもしれません。目配りしなければならない相手がたくさんいるのも、トラックのスプリント競技と違う点です。
後ろについている選手を効率よく確認するには、足のあいだか腕の下から見るのが一番です。特に、下ハンドルを持って集団の先頭か先頭近くを走っているときに便利です。この方法なら、コンマ何秒の時間で後ろにいるのはだれか、その選手がどういう走りをしているのかが確認できます。このやり方がすばらしいのは、自転車をこぐ動作を基本的に妨げない点です。前方の路面から注意をそらすことなく、何度でも後ろの様子を確認できるのです。
足のあいだから後ろを確認する方法は、フィニッシュラインやスプリントポイントが近づいたとき一緒に逃げている人の様子を確認するのにも使えます。後ろでドラフティングしている選手の様子が簡単にわかるのです。フィニッシュラインやスプリントポイントに向け、チームメイトの発射台になる場合にも便利です。位置取りを激しく争うなかで、後ろについているはずのチームメイトがいなくなっている場合もあります。足のあいだから後ろを確認し、そこにチームメイトのフロントフォークが見えれば大丈夫というわけです。もちろん、必ずうまく行くとはかぎりません。マイアミのレースでスプリントポイントに向け、チームメイトの発射台として走っていたときのことです。残り800mほどの地点で足のあいだから後ろを見て、私は、我々のチームが使っているツートンカラーのフォークを確認した上でスプリントに入りました。残り150mの地点で、どこかのだれかが同じツートンカラーのフォークで横を駆けぬけていったとき……私がどれほど驚き、頭に来たかわかってもらえるでしょうか。チームのフロントフォークはなるべく特徴的なものにしておくことをお勧めします。
腕の下から見る方法では、すぐ後ろについている以外の選手についても位置をさっと確認できます。右腕の下から見れば、自分のすぐ後ろから右側にかけての状況が確認できます。数秒遅れで追ってくる選手を確認したいときには、このやり方がいいでしょう。腕の下から見ると映像が上下逆さまになってしまい、なにがどうなっているのかわかりにくいのですが、それでも、スプリントポイントやフィニッシュラインの直前、逃げ切ろうとしているときには大きな助けとなります。
首をひねって後ろを見るのは、戦術的にも下策です。たとえば左に首をひねって後ろを確認しようとすれば、後方にいるライダーが右に回り込みつつアタックしても気づけません。実は、私自身、このテクニックを使ったことがあります。メガネにミラーをつけている選手がいててこずったときのことです。スプリントポイントが近づくと、彼は、このミラーでほかの選手の動きを確認しようとしていました。私を確認するとき彼が頭をどう動かすのかをチェックした上で、私はスプリントに向けた位置取りをしました。そのあとのスプリントでは、私の姿をミラーにとらえようと頭をいろいろに動かして苦労している様子でした。私はとっくにスプリントに入り、抜きにかかっていたんですけどね。足のあいだか腕の下から見られていたら、死角に入ることはできなかったでしょう。
※この記事は、『自転車レースの駆け引き』井口耕二訳・OVERLANDER株式会社(原題:『RACING TACTICS FOR CYCLISTS』トーマス・プレン、チャールス・ペルキー著・velopress)の立ち読み版です。『自転車レースの駆け引き』は、ロードレースやクリテリムで上手に走り賢く戦うための戦術・テクニック・スキルを、豊富なイラストを用いてわかりやすく解説した好著です。
※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。
■著者:トーマス・プレン
1970年代初頭から長年自転車競技にかかわる。アマチュアとして、また、プロとして長いキャリアを誇り、1986年にはUSPRO選手権で優勝。また、レッドジンジャー/クアーズクラシックの13回すべてを完走した数少ないサイクリストとしても知られている。全米選手権で常に上位に入る実力の持ち主で、1982年全米タイムトライアル選手権優勝チームのメンバーでもある。現在、コロラド州ボールダー在住。キャットアイ・サービス&リサーチセンターで所長を務めるとともに、みずから立ち上げた消費者調査とコンサルティングの会社ボールダースポーツリサーチの社長を務めている。自転車製品供給者協会の副会長でもある。常勤の職をふたつ兼務し、家族もいるが、ふつうの人がガレージセールに行くような熱心さで、いまも週末にはレースに参戦している。
■訳者:訳者:井口 耕二
翻訳者。1959年生。東京大学工学部化学工学科卒、オハイオ州立大学大学院修士課程修了。53歳でロードバイクに乗り始め、ニセコクラシック年代別3位、UCIグランフォンド世界選手権出場など、ロードレースを中心に活動している。訳書に『スティーブ・ジョブズ I・II』(講談社)、『ランス・アームストロング ツール・ド・フランス永遠(とこしえ)のヒーロー』(アメリカン・ブック&シネマ)などがある。