だれと戦っているのか ~傍観する形でレース展開を観察していると的確に展開が予想できる~
■だれと戦っているのか
レースで自分自身が最悪の敵になってしまうこともあります。熱くなりすぎて頭がまっとうに回らなくなったりするのです。だから、レースが終わったらひとりで反省会をすべきです。失敗からは多くのことが学べますから。
ほぼ1年ぶりに出たレースの話を紹介しましょう。その前4年間、私は、プロか全国レベルのレースばかりに出ていました。だから、こういう地方レースに出たのは、何年ぶりかわからないほどでした。カテゴリーIVのライセンスでカテゴリーII-IIIのイベントに紛れ込んだわけです。
たくさんの参加者に紛れて走れば私に気づく人もいないはずだし、私の走りに注目する人もいないはずだと思ったのです(私の走れなさに、と言ったほうがいいかもしれません)。1週間に160kmも「トレーニング」できていなかったので、このくらいのレースでも十分にきついはずでした。
みんな、スタート直後は元気です。いつもどおりと言えばそうなのですが、このときは、無理をさせられる側だったのがいつもと違うところです。ともかく、集団中ほどという快適な位置をなんとか確保。15周回してもペースは落ちません。周りを確認してみると……私の後ろにはだれもいません。集団の最後尾まで落ちていたのです。うーむ。
カテゴリーII-IIIのイベントですが、展開はなじみのあるものでした。中盤になるとペースががっくり落ちたので、前のほうに上がります。ほどなく、逃げが1回、2回と決まり、吸収に2周回くらいはかかるようになりました。そろそろ集団の先頭付近まで上がるべきでしょう。
レースの熱気に飲まれず傍観する形でレース展開を観察していると、驚くほど的確に展開が予想できます。「レースを読む」ことができるのです。
さて、小さな逃げ集団がつかまった直後、別の小集団が飛びだしました。私は、これに乗ろうとアタック。ところが、逃げに乗っているライダーのチームメイトが私を追ってきます。すぐ後ろに集団を引きつれて、です。しかたない。追いつかれる直前、私は体を起こし、体を揺らしました。だめだ、あきらめるという意思表示です。追ってきた選手も足を緩め、その後ろについてきた集団もスローダウン。その瞬間、私は、ギアを2段落として踏みこみ、逃げを追ってスプリントに入りました。今度は成功です。
ただ、このあとの展開は、予想外でした。いつも走っていたレースとの違いが出たのです。5人の逃げなのに、協調する姿勢が見られません。プロレースなら脅威となる逃げには緊張感があるのですが、それがない。さっと差が開いたことで、集団側にもがんばって追おうという気概が見られない。というわけで、我々は、なんとなく前を走っている状態。協調して逃げようとほかの選手に働きかけたのですが、そこで、なんと、スプリント賞としてピザが授与されるとのアナウンスがあり、その努力は水泡に帰してしまいます。そんなもん、真剣に取りにいったりしないよな? そう思ったのは私くらいだったようです。そして、次のスプリントポイントで逃げ集団は崩壊。結局、レースというのは必ずしも予想どおりには行かなかったりするわけです。ピザをゲットした選手は、そのまま低い姿勢を取ると、残り15周をひとりで逃げる体制に入りました。
彼のスプリント力はかなりのものでした。だから、逃げ集団で協調していれば、優勝できたかもしれません。なのに、協調を蹴り、ひとりで行こうとしている。そんな彼には教訓を与えるべきでしょう。というわけで、私はあらゆる手を使い、彼が脅威になるほど離れず、かといって彼があきらめてしまうほど近づかないという絶妙な距離を保つことにしました。
そして、残り5周で追いつき、置き去りに……。ピザはゲットできたのだから、彼にとってはあれでよかったのかもしれませんが。
※この記事は、『自転車レースの駆け引き』井口耕二訳・OVERLANDER株式会社(原題:『RACING TACTICS FOR CYCLISTS』トーマス・プレン、チャールス・ペルキー著・velopress)の立ち読み版です。『自転車レースの駆け引き』は、ロードレースやクリテリムで上手に走り賢く戦うための戦術・テクニック・スキルを、豊富なイラストを用いてわかりやすく解説した好著です。
※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。
■著者:トーマス・プレン
1970年代初頭から長年自転車競技にかかわる。アマチュアとして、また、プロとして長いキャリアを誇り、1986年にはUSPRO選手権で優勝。また、レッドジンジャー/クアーズクラシックの13回すべてを完走した数少ないサイクリストとしても知られている。全米選手権で常に上位に入る実力の持ち主で、1982年全米タイムトライアル選手権優勝チームのメンバーでもある。現在、コロラド州ボールダー在住。キャットアイ・サービス&リサーチセンターで所長を務めるとともに、みずから立ち上げた消費者調査とコンサルティングの会社ボールダースポーツリサーチの社長を務めている。自転車製品供給者協会の副会長でもある。常勤の職をふたつ兼務し、家族もいるが、ふつうの人がガレージセールに行くような熱心さで、いまも週末にはレースに参戦している。
■訳者:訳者:井口 耕二
翻訳者。1959年生。東京大学工学部化学工学科卒、オハイオ州立大学大学院修士課程修了。53歳でロードバイクに乗り始め、ニセコクラシック年代別3位、UCIグランフォンド世界選手権出場など、ロードレースを中心に活動している。訳書に『スティーブ・ジョブズ I・II』(講談社)、『ランス・アームストロング ツール・ド・フランス永遠(とこしえ)のヒーロー』(アメリカン・ブック&シネマ)などがある。