引く長さ、トレインに戻る、微調整
■引く長さ
引く長さについて、明確な基準はありません。さまざまなことを考慮して、自分が引く長さを決めましょう。もちろん、好きなだけ引けるわけですが、疲れてペースが落ちはじめたら、落ち幅が時速1kmに満たないくらいであっても先頭を交代すべきです。チームタイムトライアルではだいたいペダル30回転、25秒くらいで交代するのがいいようです。
風は大きな影響があります。向かい風が強ければ引く時間は短くなります。逆に追い風なら、長く引いたほうがいいかもしれません。100kmのチームタイムトライアルでもほんの数秒差で勝負がついたりするのに、先頭交代中は自転車1台を没収されて走っているようなものなのですから(この意味がよくわからない人には、じっくり考えてみることをお勧めします)。こういう因子を考え合わせてベストな時間をみつけなければいけないわけです。
■トレインに戻る
先頭を譲ったら、足を緩めてトレインの最後尾まで下がり、ちょっと加速して列の後ろにつきます。こう書くと簡単そうですが、ここにもいろいろと考えなければならないポイントがあります。まず、減速の程度です。これは、各人の好みでかまいません。ただ、あまりきつくないペースではあるけれど、列の後ろにつくとき必死で加速しなければならないほどではないくらいにすべきです。いろいろと試してみてください。基本的には、足を緩める、つまり、ペダルを回してはいるがしっかり踏んでいるわけではないというくらいがいいはずです。
■微調整
1列ローテーションは60%の力で走れるため、トレーニングするときにも便利です。そして、限界近い走りでは、効率が問題になります。だれかにミスがあると、元が小さなものでも大きく増幅されます。スムーズに回っていたものが、一瞬で大混乱になったりするのです。これを避けるためには、細かな点を大事にしなければなりません。よくあるまちがいをいくつか紹介しましょう。
先頭を譲る際、ベテランでもずれる向きをまちがえることがあります。その場合、その動きが滑らかで落ちついたものであれば、また、後ろが前輪を危険なほどかぶせていなければ、そのままトレイン全体を前に行かせてしまうのが一番です。逆に、あ、まちがえたとあわてて逆側に行こうとするのは危険です。まちがえて反対側にずれても、修正しようとしないこと。前に行けと次のライダーに合図を送りましょう。
引く時間とスピードは、練習と経験をかなり積まないとわかるようになりません。ポイントは、きつさをほぼ一定に保つこと。先頭を譲られるとアドレナリンが出て加速する人がよくいますが、これはまちがいです。ペースは上げないこと。全員が加速しなければならなくなってしまいますから。トレインがヨーヨーのように伸び縮みしてしまい、前との距離を保とうとすると加速したりブレーキをかけたりしなければならなかった経験はないでしょうか。先頭に出るとき加速し、引いているうちに疲れてスローダウンする人がいるとこうなります。ちなみに、疲れているライダーや弱いライダーは、引く時間を短くすべきです。逆に、まだ元気だと思うなら、長く引くべきです。ただし、必ずしもスピードを上げるべきとは言えません。
1981年の全米チームタイムトライアル選手権では私のチームが優勝したのですが、とてもバランスのいいチームでした。ただ、当日、調子の悪い選手がひとりいたので、50kmから先、その選手は毎回10秒しか引かずに交代していました。逆にロン・キーフェルは快調で、毎回一番長く引いていました。平均すると私は20秒でしたが、彼は30秒ほども引いていました。弱い選手は引く時間を短くし、強い選手が長く引くことで、全体のペースとスピードをなるべく一定に保って走ったわけです。
強い選手は、どうしてもスピードが上がりがちですし、上げたほうがいい場合もあります。スピードを上げる場合は、トレインが崩壊しないようにゆっくりと加速しましょう。トレインで自分は弱いほうのライダーだとして、先頭を譲って下がり、引いて疲れた体にむち打ってトレインにつこうとした瞬間、先頭ががつんと加速したら……どう思います?(実際に経験したことがあり、考えてみなくてもわかる人も多いことでしょう)
もうひとつ、まちがいの起きやすい瞬間があります。先頭を譲って後ろに下がり、最後に加速して後ろにつくときです。最後尾の選手の後輪に自分の前輪が並ぶタイミングで加速したのでは遅すぎます。加速を始めるタイミングは、後ろにつきたい相手と自分の速度差によりますが、自分の前輪が相手のボトムブラケットに並んだくらいがひとつの目安となります。ローテーションに慣れれば、これを基準に微調整すればいいでしょう。
優勝した全米チームタイムトライアル選手権の前1カ月あまり、我々4人は、レースと同じローテーションでトレーニングをくり返しました。結果、ローテーションの腕がすごく上がり、ロン・キーフェルの後ろに加速して入るとき、私の前輪と彼の後輪がかすることもあるほどになりました。ふつうのレースでは、ここまで近づいて走るのは危険です。相手が突然横に動いたりすることも考えられるからです。ですが、やろうと思えばここまでできるということはおわかりいただけるのではないでしょうか。
ほとんどのライダーは、先頭を譲ったあと、離れすぎてしまいます。隣との距離も後ろのドラフトにつくときも、もっと近づくべきです。
※この記事は、『自転車レースの駆け引き』井口耕二訳・OVERLANDER株式会社(原題:『RACING TACTICS FOR CYCLISTS』トーマス・プレン、チャールス・ペルキー著・velopress)の立ち読み版です。『自転車レースの駆け引き』は、ロードレースやクリテリムで上手に走り賢く戦うための戦術・テクニック・スキルを、豊富なイラストを用いてわかりやすく解説した好著です。
※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。
■著者:トーマス・プレン
1970年代初頭から長年自転車競技にかかわる。アマチュアとして、また、プロとして長いキャリアを誇り、1986年にはUSPRO選手権で優勝。また、レッドジンジャー/クアーズクラシックの13回すべてを完走した数少ないサイクリストとしても知られている。全米選手権で常に上位に入る実力の持ち主で、1982年全米タイムトライアル選手権優勝チームのメンバーでもある。現在、コロラド州ボールダー在住。キャットアイ・サービス&リサーチセンターで所長を務めるとともに、みずから立ち上げた消費者調査とコンサルティングの会社ボールダースポーツリサーチの社長を務めている。自転車製品供給者協会の副会長でもある。常勤の職をふたつ兼務し、家族もいるが、ふつうの人がガレージセールに行くような熱心さで、いまも週末にはレースに参戦している。
■訳者:訳者:井口 耕二
翻訳者。1959年生。東京大学工学部化学工学科卒、オハイオ州立大学大学院修士課程修了。53歳でロードバイクに乗り始め、ニセコクラシック年代別3位、UCIグランフォンド世界選手権出場など、ロードレースを中心に活動している。訳書に『スティーブ・ジョブズ I・II』(講談社)、『ランス・アームストロング ツール・ド・フランス永遠(とこしえ)のヒーロー』(アメリカン・ブック&シネマ)などがある。