タイムトライアルにおけるペーシング戦略についての研究 ~EWA制約を用いた最適化アプローチ~

【レース対策情報・レース戦術】【空力・エアロダイナミクス・TT・下り】【速くなるためのヒント一覧】2025年1月15日 13:09

タイムトライアルでは、戦略的なペーシングが成績を大きく左右する。本記事では、「Optimal pacing in road cycling using a nonlinear power constraint」を参考に、勾配が変化する条件下での最適なペーシング戦略について、従来の「一定パワー(CP)」戦略と比較し、指数加重平均(EWA)パワー制約を適用した「最適ペーシング(OP)」戦略について紹介する。

 

タイムトライアルでは、限られた時間や距離内で可能な限り短い時間を目指すため、出力の配分が重要である。従来主流であった「一定パワー(CP)」戦略は、一定の出力を維持することで安定した走行を目指すものだった。

 

■指数加重平均(EWA)パワー制約を適用した「最適ペーシング(OP)」戦略とは?

これに対して、OP戦略とは、勾配の変動に応じて、以下のように出力を変化させるアプローチだ。

  • 勾配が急な上り区間では出力を上げる。
  • 勾配が緩い、または下りの区間では出力を下げる。

 

OP戦略によって、 生理的負荷を効率的に管理することでタイム短縮が可能になると考えられる。

 

■モデル化と理論的背景

・パワーと速度の関係

自転車が走行する際、進むためのエネルギーはさまざまな要因によって決まる。たとえば、空気抵抗、道路の傾き(勾配)、タイヤと路面の摩擦などが挙げられる。勾配が急な坂道では、ペダルを強く踏み込む必要がある一方、下り坂ではそれほど力を使わずに速度を維持できる。これらの要素を考慮し、効率的なペーシングを実現するのがOP戦略の目的である。

 

・EWAパワー制約

従来の一定パワー戦略では、常に一定の力を維持することを前提としていた。しかし、人間の体は出力の変動によって異なる反応を示し、高い出力を続けた後の疲労感や回復のスピードも重要な要素となる。EWA制約は、この生理的負荷をより現実的に反映するための方法である。具体的には、高い出力を短時間で発揮する場合と、低い出力を長時間維持する場合の影響をバランスよく評価する仕組みを採用している。

 

・最適化モデル

OP戦略では、コース全体を通じて走行時間を最小化するために出力をどう配分するかを考える。特に、勾配が急な上り坂では出力を増やし、平坦や下り坂では体力を温存するようなパワーの配分が有効である。この戦略により、全体のタイムを短縮しながら、体への負担を抑えることが可能になる。

 

■数値シミュレーションと結果

・シミュレーションの設定

  • コース: 40 km、8区間(勾配が変動する2つのコース A, B)
  • パラメータ
    • サイクリスト+自転車の質量: 86 kg
    • 基準出力: 255 W
    • 勾配:
      • コースA: 9%、7%、5%、3%
      • コースB: 7%、5%、3%、1%

 

■シミュレーション結果

  • コースA: OP戦略はCP戦略に比べて160秒短縮(+2.8%)
  • コースB: OP戦略は127秒短縮(+2.7%)
  • 平均出力: CP戦略の255Wに対し、OP戦略では241~242Wに低下

 

本研究では、変動する勾配条件下でのタイムトライアルにおいて、OP戦略の方がCP戦略よりも優れたタイム短縮効果を示した。勾配が高い区間で出力を上げ、低い区間で出力を抑えるアプローチが有効であることを示唆しており、タイムトライアルのペーシング戦略の参考となるだろう。

 

参考文献

Optimal pacing in road cycling using a nonlinear power constraint, Syuiti Yamamoto, *International Sports Engineering Association*, 2018.