トップ選手における疲労抵抗力の重要性

【疲労・回復・睡眠】【速くなるためのヒント一覧】2025年1月21日 10:15

従来、トップ選手の身体能力を評価する場合には、最大酸素摂取量(VO2max)や乳酸性作業閾値(LT)、エコノミー(省エネ走法の上手さ)といった指標を用いられることが一般的であった。しかし、ナイキの「Breaking2」プロジェクトを分析した研究からは、これらの数値だけではエリートランナーの真の強さを十分に説明できず、むしろ長時間の運動後にこれらの能力がどの程度低下しにくいか、すなわち「疲労抵抗力」が勝負を分けるという知見が示された。

 

■Tour of the Alpsのパワーデータの分析結果

これを裏付ける事例として、サイクルロードレース「Tour of the Alps」の分析がある。インスブルック大学の研究チームが、同レースに参加したエリートおよびセミエリートのプロサイクリストを対象にパワーデータを比較したところ、総合的なレース順位や選手のレベルを最もよい説明材料になったのは、最大パワーや心拍データの値よりも、「疲労が蓄積した状態でどの程度パワーを維持できるか」という点であった。

研究では、まず各選手がレース全体で記録した最高パワーを、短時間(数秒)から30分程度までのさまざまな時間軸で抽出し、“パワープロフィール”を作成した。そのうえで、消費したエネルギー量(kj)ごとに区切って同様の分析を実施した結果、プロ選手は長時間あるいは高強度の運動後でも能力低下が小さい一方、若手のU23カテゴリーの選手や総合成績が低い選手は、比較的早い段階(累積kjが少ない時点)からパフォーマンスが顕著に落ちることが判明した。さらに興味深いのは、身長や体格などで「クライマー」「オールラウンダー」などに分類された選手の間でも、最終的に総合優勝を狙うクライマーたちは疲労が溜まっても高いパワーを維持できたのに対し、アシスト役のクライマーやオールラウンダーは疲労に伴うパフォーマンスの低下が大きかった点である。これは、長期日程のステージレースで総合優勝を狙うには、類いまれな「疲労抵抗力」が不可欠であることを示唆している。

 

■疲労抵抗力の鍛え方

では、この疲労抵抗力はどのようにして高めればよいのだろうか?現時点では不明なことが多いものの、少なくとも炭水化物不足がパフォーマンスを低下に直結するということ多くのデータ・研究から明らかにされている。ナイキのBreaking2プロジェクトでも、1時間あたり60gの炭水化物摂取が疲労抵抗力の向上に寄与したと報告されている。またトレーニング面では、強度を高めるよりも総運動量を増やすこと、さらに長時間の有酸素運動後にインターバル・トレーニングやスプリント・トレーニングに取り組むなど、疲労が蓄積した状況で高強度を出す練習を取り入れる方法が有望視されている。

 

「疲労抵抗力」のメカニズムは、筋肉の代謝的要因から脳や中枢神経系の信号伝達、モチベーションの変化など多岐にわたり、いまだ解明されていない部分も多いが、、持久系スポーツの世界でトップを目指すのであれば、条件を整えたテスト環境下における数値上の最大能力だけでなく、長丁場での中で高いパフォーマンスを維持する能力である「疲労抵抗力」も極めて重要といえるだろう。

 

参考文献

Hutchinson, A. (2021, April 23). [The New Science of “Fatigue Resistance”](https://www.outsideonline.com/2422466/fatigue-resistance-research). *Outside Online.*

Leo, P., Spragg, J., Schena, F., & Holmberg, H.-C. (2021). *Different Sides of the Same Coin? Comparing Performance Indicators in Cyclists of Different Competitive Levels and Specialties during a Multi-Stage Race.* International Journal of Sports Physiology and Performance.

Jones, A. M., Gronbek, M., & Thompson, K. G. ほか (2021). *An Integrative Approach to the Physiology of Running Performance in Elite Distance Runners: The Nike Breaking2 Project.* British Journal of Sports Medicine, 55(8), 408-416.