サイクリストとして知っておきたい、効果的な目標の設定方法 ~測定及びコントロール可能な指標としてのパワーの活用方法と注意点~
■目標の設定
あなたはなぜ、トレーニングに打ち込んでいるのでしょうか? 達成したいことは何で、そのためには何をしなければならないでしょうか? 目標は、寒い土曜日の早朝にベッドから這い出し、数時間も自転車に乗るためのモチベーションを高めてくれます。目標はトレーニングの指針と、進捗を測るための基準を与えてくれます。そして、トレーニングの最適な計画にも役立ちます。
「夢」と「目標」は違います。ただし、夢は目標に落とし込める場合があります。オリンピック出場を夢見る若きアスリートは、その夢に近づくための段階的な目標を立てることで、モチベーションを維持しやすくなります。あなたが夢を持っていて、現在はまだ目標に落とし込めていないとしても、それに向かって努力を続けていけば、いつかそれを目標にすることができるようになるでしょう。夢と目標の違いは、夢はその達成のために、複数年にわたる長い期間を必要とする点です。一方、年内での達成を現実的に考えられるのなら、それは目標にできます。
目標は、長期と短期の両方を作成します。長期目標は1年以上をかけて目指すこともあります。ただしその場合でも、1年以内の実現を目指す中間的な目標として、長期目標を設定します。長期目標を持つことで、短期目標の達成に取り組みやすくなります。短期目標とは、長期目標の実現のために、まず達成すべき目標です。短期目標は、毎日、毎週、毎月といった期間の目標のことです。たとえば、高度な技術が求められるマウンテンバイクコースで行われるレースでの優勝が目標で、そのための技術が不足しているのであれば、毎週1時間、技術練習をすることを短期目標に設定できます。さらに、この目標を、「火曜日、木曜日、土曜日に各20分間、具体的な技術練習をする」という日次の目標に分割することもできます。
まず、1シーズンに2~3つの長期目標を選び、次にこれらの長期目標に達するために必要な目標を、短期目標として設定します。長期目標の策定には、「目標階層」を用いると便利です(図8.1参照)。いくつかの短期目標が重複し、複数の長期目標につながる場合もあります。
注:目標は、ガイドラインに従って設定しましょう。目標は、測定可能で、期限が設定され、現実的かつ難易度が高く、具体的で、コントロール可能なものにします。
■測定可能であること、期限を設定すること
「ヒルクライム能力を高める」というのはよい目標です。しかし、それを測定可能な具体的な条件にすることで、目標に到達したかどうかを明確に判断でき、その過程においても進捗を把握できるようになります。「レモン山の上りの9マイル(約14km)地点で45分切りを達成する」という風に具体的に設定すれば、いつ目標を達成できたかをはっきりと把握できるようになります。また、目標には具体的な達成期限を設けるべきです。日付が明確になることで、それに向けたトレーニングを行いやすくなります。ベーストレーニングの期間中に予期せぬ中断や停滞を経験した場合は、目標期限を調整する必要があります。それでも、目標を達成する日付を明確にすることで、意欲的に練習に取り組めるようになるでしょう。
■現実的かつ難易度が高いものであること
目標は、現実的かつ難易度が高めのものにします。レモン山の上りの9マイル(約14km)地点までのあなたの現在のベストタイムが58分で、過去数年にわたって定期的にトレーニングを積んできたのであれば、今年、目標タイムを45分に設定してもよいでしょう。しかし、これまではあまり本格的なトレーニングをしてこなかったにもかかわらず、すでにベストタイムが46分であり、今年は今までよりもハードなトレーニングに打ち込むことができるのなら、45分切りという目標の難易度は低すぎるといえます。
自分のカテゴリーですでに何度もレースで勝っているのなら、さらに多くのレースに勝つという目標は、現実的ではあるものの、難易度はそれほど高くないケースもあるでしょう。目標は、モチベーションを高め、あなたをハードな練習に向かわせ、それに取り組むうえでの基準になるものにすべきです。たとえば、次のカテゴリーに進んだときに役立つような、リミッターの強化や改善などにしてもよいでしょう。私はサイクリングを始めたばかりの多くの才能あるアスリートが、体力レベルの高さによって、技術の習得速度よりも早く上のカテゴリーに進んでいくケースを見てきました。しかし、技術の習得を怠ってはいけません。毎週、技術を高めるための目標に取り組むようにしましょう。
まだ1度もレースに出たことがないのであれば、最初のレースで勝つという目標を設定することは、難易度は高いものの、現実的ではないといえます。もちろん、例外はあります。私は他の持久系スポーツの経験のあるアスリートが、最初のロードレースで勝つのを見たことがあります。このような選手の成長は早く、すぐに上のカテゴリーに進めます。しかしほとんどの選手にとって、初めてレースに参加する年の目標は、メイン集団内でのゴールになるはずです。また、レースは、体力があれば勝てるというものではありません。測定可能な短期・長期のパフォーマンス目標と、集団走行技術の向上を含む目標の両方を設定するようにしましょう。
パフォーマンス目標とは、自力で達成でき、測定が可能な目標です。たとえば、個人タイムトライアルを一定のタイム内で走り切ることや、30分間を平均250Wで走行することなどです。また、ロードレースで集団の後方を走るのではなく、先頭3分の1で走ることもパフォーマンス目標として設定できます。
■コントロール可能であること
レースで勝つことは、一般的な目標です。しかし、レースの結果は、個人がコントロールできない要素にも左右されます。勝つためにあらゆる努力をすることはできます。その結果、実際に勝つこともあるでしょう。しかし、レース中に CPの自己ベストを更新して、素晴らしいレースをして、それでもレース結果の目標を達成できない選手もいます。自分のパフォーマンスや体力が従来に比べ大幅に高まったとしても、それだけでレースに勝てるとは限りません。レースでの勝利には、走行技術や運が大きく影響しているからです。他の選手がどのような走りをするかは、正確に予測することも、コントロールすることもできません。特定のレースで勝つことだけを目標にしないようにしましょう。その代わり、勝つチャンスを高めるために必要な、より細かな部分に着目するようにします。
また、パフォーマンス目標を設定することは、レースの結果のみを目標にすることよりも、進捗を測るうえで大いに役立ちます。レースの結果を目標にすること自体は問題ありません。ただし、そのために必要な体力と技術が何かを理解していなければ、どのように目標に到達すべきかを把握できません。パフォーマンスを目標に設定することで、目標をコントロールできるだけでなく、よりよいレース結果を出すチャンスも高まります。パフォーマンス向上の妨げになっているものを改善することを、目標に設定しましょう。
パワーメーターの普及により、パワー出力とパワー・ウェイト・レシオ(W/kg)の増加を目標にすることができるようになりました。スプリントが弱点であれば、5秒間および12秒間のテストでのパワーを改善する必要があります。完走することに苦しんでいるのであれば、長時間のパワーが弱点になっているか、限界近くまで追い込む能力や、素早い回復力がリミッターになっているのかもしれません。
パワー出力を目標に設定するのはよいことですが、そこで終わりにしてはいけません。自分よりもパワー出力が劣る相手に、レースで負けるアスリートは少なくありません。走行技術、戦術、栄養、メンタル・スキルなどの向上を怠らないようにしましょう。才能あるアスリートが、メンタルの勝負で負けたために、勝てるレースを落とす場合もあります。メンタル・スキルが弱点であるなら、定期的にこれらに取り組めるように、目標を設定します。睡眠不足であれば、十分なトレーニングはできません。ですから、早く就寝することは、長期目標を達成するための短期目標だともいえます。練習以外の日常生活にも目を向けましょう。
- 記事出典:トーマス・チャップル著・児島修訳・『ベース・ビルディング・フォー・サイクリスト』(OVERLANDER株式会社)・P158~162の抜粋
※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。