サイクリストとして知っておきたい、パワートレーニングの構成要素の基礎知識 その2 TSSとは?
■トレーニング・ストレス・スコア(TSS)
ハードなトレーニングはストレスを生みます。実は、よいトレーニングとはストレスを生むためのものなのです。体はトレーニングのストレスを受けると、まず疲労というかたちで反応します。そして、何時間かを経て十分に回復すると、たいていは新しいレベルのストレスに適応し始めます。この適応のことを「体力」と呼ぶのです。
ストレスの強い練習を1回行ったあとでは、体力は新たなレベルへと上がっても、その幅はひじょうに小さいために、測ることはできません。しかし、数日間にわたりストレスが最大限に加えられると(最大限と言っても、過度ではなく、最適な量という意味です)、体力の変化は測ることができるようになります。生み出すパワーも増え、走行速度も上がり、体が処理できるストレスのレベルも高くなるのです。
処理できるストレスのレベルが1ヶ月前よりも高くなっていれば、体力も向上していることは自明の理です。ここでは、負荷の基礎を理解するために、ストレスを、量というひとつの要素だけで検討してみましょう。強度に関しては、取りあえず無視して考えます。
たとえば、今週、合計で16時間走行したとします。そしてその量は、ぎりぎり何とかこなせる量だったとします。疲労してはいるが、週末までに100%疲れ切っているわけではないという状態です。しかし、1ヶ月前、限界まで達した時は、わずか12時間しか走行できていなかった。こうした変化を見れば、自分が1ヶ月前よりもよい状態にあることには納得がいくと思います。体力がついたとういうことです。これからさらに1ヶ月が経って、1週間のトレーニング量が20時間になってもくたびれないとしたら、さらにもう一段階、体力が向上したということです。
ですから、一定期間で処理できるストレスの量は、間接的に体力を表しているのです。この場合、間接的な尺度があるだけで、VO2maxといった生理学的計測は何もしていません。それでも、何かプラスのことが起きている、というサインになるのです。
気をつけてもらいたいのは、この例では、あくまで量だけを問題にしているということです。最も重要なトレーニング要素である強度は、計算に入れていません。もし計算に入れる方法がわかれば、蓄積したストレスに関するすべてを包括したコンセプトとして、さらにその重要性は高くなります。それでは、「トレーニング・ストレス・スコア(TSS)」と呼ばれるものを用いると、どうしてこれが可能になるのか、見ていきましょう。
TSSは、持続時間と1回の練習の強度を組み合わせて、数値、つまり「スコア」を導き出すという、ひとつの数学的技法です。このスコアは、時間の長さやつらさの程度を別々の情報として扱うよりも、ストレスのについて多くのことを教えてくれます。
毎回の練習を表す数字は、持続時間と強度を組み合わせることによってひとつだけにまとまります。ですから、練習同士を、どれだけつらかったか、あるいは楽だったか、という観点から比較することが、簡単になるのです。ではその数字はどのようにして導き出されるのか、説明しましょう。
練習はすべてそれぞれ、ひとつのTSSで表されます。パワーメーターのヘッドユニットや分析用ソフトウェアのなかには、このスコアを練習後に計算してくれるものがあります。TSSは、走行した時間(秒)、NP、IF、FTPによって決まります。TSSを求めるための計算式もやはり、コーガン博士の先進的な研究からもたらされたものです。
(走行時間(秒)×NP×IF)÷(FTP×3,600)×100=TSS
3,600という数字は、1時間を秒数にしたものです。これでFTPが何をベースにして求められるのか、思い出したかと思います。この計算式のなかでは定数です。そのほか、100という数字もありますが、これも定数であり、単に数字を2桁または3桁にするためのものです。
NP、IF、FTPは、お馴染みの存在だと思います。これらはすべて強度の指標、つまりベテランアスリートにとっては、最も重要なトレーニングの要素です。これらの指標は、TSSというコンセプトで捉えると、初めに説明したよりも、体力に対する意味がさらに深くなるのです。
実際、この式にこれらの指標を代入すると、体力レベルや疲労度の変遷を測ることができるようになるほか、最も重要なレースの日に調子を最高の状態に持っていくこともできます。驚くべきことなのです。そのすばらしさについては、このあとで説明しますが、まずは、そのコンセプトに明るくなることが重要です。1回の練習の負荷、あるいは1週間といった一定期間の負荷を示す指標としてのTSSについて、理解を深めましょう。
それでは、例を紹介しながら、TSSについてもう少し深く掘り下げていきましょう。たとえば火曜日の練習が、ちょうど2時間(7,200秒間)だったとします。走行後ヘッドユニットを確認したところ、NPは188W. 自分のFTPが250Wであることは、以前のテストでわかっています。そうすると、IFは0.75になります(188÷250=0.75)。これらの数字をすべて、上のTSSの数式に代入すると、以下のようになります。
(7,200×188×0.75)÷(250×3,600)×100=112.8
この式により、火曜日の練習のTSSは112.8であると求められました。しかし、この数字からは、火曜日の練習がどのタイプの練習であり、それによってどのタイプの体力が得られたのかを知ることはできません。その練習は、筋持久力のための練習だったかもしれませんし、無酸素持久力のためのものだったかもしれません。あるいはほかの能力を高めるための練習だった可能性もあります。
ただし、この練習がつらい部類のものであったことは、75%FTPで2時間走行したということから、知ることができます。実際これはかなり厳しい練習です。練習スコアは、いったんその履歴を作ってしまえば、すぐにそのパターンが見えてきます。ですから、これを1週間続けましょう。
この112.8TSSの練習が火曜日だったとしましょう。そして1週間、練習のたびにTSSを算出します。すると、1週間が終わるころには、トレーニング日誌に次のような日ごとのTSSが並ぶかもしれません。
- 月曜日:0(休養日)
- 火曜日:112.8
- 水曜日:80.5
- 木曜日:100.6
- 金曜日:72.8
- 土曜日:101.2
- 日曜日:153.9
毎日のTSSは、上に示した数式を用いて算出します。この数値から、その日の走行がどの程度つらかったか、推察できます。たとえば、火曜日、木曜日、土曜日、日曜日は、比較的高いTSSが示すとおり、ハードな練習であり、月曜日、水曜日、金曜日は、明らかに回復の日です。そして最もつらい練習は日曜日の練習です。
この毎日のTSSを合計すると、1週間の負荷である、621.8TSSが得られます。こうして、今までにはなかったものが手に入ったことになります。それは、1週間がどのくらいハードだったかを、量だけではなく、量と強度の両方で示す方法です。以前に述べたとおり、負荷が増えるということは、体力も上昇するということです。つまり、より長くより高い強度でトレーニングを行えば、体力レベルは向上するのです。したがって、621.8TSSが1ヶ月前にこなせた値よりも大きければ、体力がついたことが明確に示されたことになります。
このように、TSSを使えば、生理学的な現象(体力の変化)を引き起こすトレーニング要素について、数学的モデルを使ってシンプルに検証できるのです。
(その1はこちら)
- 参考文献:ジョー・フリール著・篠原美穂訳・『パワートレーニング・ハンドブック(仮題・2019年発売予定)』(OVERLANDER株式会社)・本文の抜粋
※本件記事用に、本文を一部加筆修正しています。