ファンクショナル・オーバーリーチングの効果的な活用方法
ファンクショナル・オーバーリーチング(Functional Overreaching)は、競技力向上を目指すうえで効果的に疲労を活用するトレーニング戦略である。ロードレースのように高い持久力とパワーが要求される競技では、限界を押し広げるために強度の高いトレーニングを行うことが不可欠であるものの、負荷をかけすぎるとオーバートレーニング症候群に陥り、逆に競技成績が低下するリスクがある。そこで重要となるのが、短期間のパフォーマンス低下を意図的に起こし、十分な休養を挟むことで長期的にパフォーマンスを引き上げる「ファンクショナル・オーバーリーチング」を活用したトレーニング戦略だ。今回は、ファンクショナル・オーバーリーチングの効果的な活用方法や注意点について紹介する。
■ファンクショナル・オーバーリーチングとは何か
ファンクショナル・オーバーリーチングは、オーバートレーニング症候群の初期段階とされる状態である。数日から数週間の短期的なパフォーマンス低下を経て、十分な回復をはさむことでスピードやパワー、持久力などの能力向上を狙うという手法である。
一方で、ここで適切に休養を入れず、強度の高いトレーニングを継続し続けると、ノンファンクショナル・オーバーリーチングやオーバートレーニング症候群へと進行してしまう危険性がある。この点で、トレーニングと休養のバランスを見極めることが何よりも大切になる。
■限界を超えるための目安
・トレーニング負荷の設定
オーバーリーチングの指標は、トレーニング後のパフォーマンス変化である。トレーニング量を増やした直後は疲労の蓄積によりパフォーマンスが落ちる場合があるが、そこに適切な休養を挟むと、1~2週間ほどで以前より高いレベルのパワーやスピードが出るようになることがある。
もし数週間経ってもパフォーマンスに変化が見られない場合は、負荷が十分ではない可能性がある。また、2週間以上疲労が抜けず、逆にパフォーマンスが下がり続ける場合は、すでにファンクショナルの範囲を超えてオーバートレーニングの状態に陥りつつある可能性がある。
・オーバーリーチングを示唆するサイン
トレーニングやレースの負荷を高めると、乳酸や代謝産物が蓄積しやすくなるため、主観的なきつさ(RPE)の増大や、パワー(W)の低下、心拍数の反応が鈍くなるといった指標が現れる。さらに精神面でも、集中力の低下やイライラ感、モチベーションの低下などが出てくることが多い。こうしたサインが顕著になる場合は、オーバーリーチングの範囲を超えている恐れがある。
■回復の重要性
オーバーリーチング後には、少なくとも1週間程度、場合によってはそれ以上の期間、トレーニング量や強度を大きく下げて回復に専念する必要がある。特に回復週の序盤は完全休養日を数日設け、身体と精神をリセットすることが望ましい。
その後は、L1程度の極めて低強度のライドを行い、血流を促すことで疲労を抜きつつ、筋肉やエネルギーの回復を助ける。通常週の50%以下のトレーニング量とし、回復が順調であれば週末あたりには脚の軽さやモチベーションの戻りを実感できるだろう。ただし、数値面での向上がはっきりと現れるのは、回復週が終わってしばらく後になる場合が多い。
■タイミングとスケジュール管理
・重要レースへの合わせ方
大きなレースが迫った時期にオーバーリーチングを狙うのはリスクを伴う。疲労が抜けきらず本番で力を発揮できない可能性があるため、ピーキングの2~3週間前にあたる期間に負荷を落とし、十分な回復を確保できるスケジュールを組むことが望ましい。
・シーズン序盤での活用
シーズン序盤の基礎期や強化期は、オーバーリーチングを比較的積極的に取り入れやすい時期といえる。というのも、仮に回復に想定以上の時間を要したとしても、その後のレーススケジュールに余裕があるケースが多いからだ。序盤の優先順位の低いレースや練習会などを負荷の高い練習の一環として捉え、追い込みつつも休む時はしっかり休むことで、シーズン後半の主要レースへ向けた基礎体力を構築できる。
■まとめ
ファンクショナル・オーバーリーチングとは、短期的な疲労やパフォーマンス低下をあえて引き起こし、その後の十分な回復を通じて大きなパフォーマンス向上を狙う手法である。しかし、境界を見誤ればオーバートレーニング症候群に陥るリスクが高まる。日々のパワーデータや心拍数、主観的な疲労感、精神面の変化などを総合的にモニターし、回復期を正しく設定することが重要になる。
参考文献
Coutts, A., Slattery, K., Wallace, L. “Practical tests for monitoring performance, fatigue and recovery in triathletes." Journal of Science and Medicine in Sport (2007) 10, 372-381
Halson, S., Jeukendrup, A. “Does Overtraining Exist?” Sports Med (2004) 34 (14): 967-981