トライアスリート・トレーニング・バイブル【立ち読み版】vol.44 オーバートレーニングに陥ったプロトライアスリートの実例
オーバートレーニングに陥ったプロトライアスリートの実例
何年か前にセルフ・コーチングをしているプロトライアスリートが、トレーニング日誌を見てくれないかと電話してきました。レースパフォーマンスが下降しているから、というのです。私は詳しい話を聞くため、彼と会う約束をしました。私は彼と顔を合わせたとき、彼の抱えている問題が日誌を読まなくてもわかってしまいました。目の前に座った若い男性は、背中を丸め、目の下にくまを作り、生気がなく、話し方にも覇気がなかったのです。彼は、夜よく眠ることもできず、朝は体を引きずるようにして起きてトレーニングをしているのだと、私に話してくれました。
彼が言うには、春のレースでの調子がよかったため回復は必要ないという気になり、回復期を2~3回、省略してしまったそうです。そして今シーズン最も重要なレースを目の前にし、再び休養期間をとばして、きつい練習を詰め込むことにしたというのです。彼に限らずこのような「スーパーマン症候群」は、体力レベルが高いときによくあることです。そして、スーパーマンの唯一の弱点である「クリプトナイト」を見つけた彼は、以前よりもいっそうきついトレーニングを自分に課し、トレーニングの下方スパイラルを断ち切ろうとしたのです。これがさらに問題を大きくしました。彼はどんな練習をしても失った体力を取り戻すことはできなかったのです。そして落胆のあまり、私に電話をしてきたということでした。
私は、彼が聞きたくないこと、しかしこの低迷しているパフォーマンスの元凶だと彼自身が心のなかで疑っていることを、そのまま話しました。それは彼がオーバートレーニングである、ということです。私はこの時まで、これほどぼろぼろになった選手に会ったことはありませんでした。解決策はただ1つ、休むことでした。私は彼にトレーニングを完全に休むことを提案しました。どのくらいの期間がかかるかは、私にもよくわかりませんでした。数日か、あるいは数か月か。しかし、彼が回復するには、長い時間がかかるだろうと考えました。
彼は1週間休みをとり、その後、低強度短時間のバイクトレーニングを行いました。低いパワー値でも自覚的運動強度は高くなりました。しかし何よりも問題だったのは、彼が未だにひどく疲れており、生活全般に対する意欲が薄れてしまっていたことでした。したがって、さらに1週間、彼は休みをとりました。2~3週間休むと、トレーニングに対する活力と意欲が高まってきたので、私は通常のトレーニングに近い練習へ、徐々に戻していきました。オーバートレーニングに陥る前にはほど遠い状態でしたが、それでも彼は少なくともレースに復帰するため、ロードに戻ることができたのです。
※この記事は、『トライアスリート・トレーニング・バイブル(TTB)』篠原美穂訳・OVERLANDER株式会社(原題:『THE TRIATHLETE'S TRAINING BIBLE 3RD EDITION』ジョー・フリール著・velopress)の立ち読み版のランダム掲載分です。『トライアスリート・トレーニング・バイブル』は、『サイクリスト・トレーニング・バイブル(CTB)』の著者であるジョー・フリール氏による、トライアスロン教本の世界的ベストセラーの日本語版です。■